・・・ 散歩するという動詞にターニャは我知らず複数をつかった。そしてその調子の優しさが光のように室をながれた。 彼女が、丸い体の重みで幾分踵をひくような歩きつきをしながら雪明りの室の中からそれより白い姿を消してしまうのを見送っていたエレー・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・今日の生活の感覚は、私をもっと拡大しており、又複数にもしている。私たちと云わず、あり来った通りに私と云っても、その実質を成り立たせている社会要素は、複数としてしかあり得なくなって来ている。 この現実では作家と云われる人々の私の実体も元よ・・・ 宮本百合子 「人生の共感」
・・・から人民的複数の「私」に展開されます。小林多喜二の時代非合法であった共産党は、今日合法政党として存在し、工場細胞は公然です。非合法だった時代の党の気の毒な官僚主義、ヒロイズム、独善などがかりに小林多喜二の「工場細胞」に反映しているならば、小・・・ 宮本百合子 「討論に即しての感想」
・・・イカルスは一人ではない。複数になった。地球上幾億の翔ぼうと欲している男女はイカルスとしてあらわれて来ているし、その翼は、膠で背中へつけた二枚の羽根ではなくて、飛ぶ可能を万人に与えるような社会条件をつくり出してゆく科学の諸方式と集団的なその実・・・ 宮本百合子 「なぜ、それはそうであったか」
・・・ 現代の歴史では、ドン・キホーテが単数で語ったところが複数で、人間が現実を生きつづける力として、私たちに脈々と聴えて来ると感じられる。〔一九四一年十月〕 宮本百合子 「本棚」
・・・昔の人が人格のある単数の神や、複数の神の存在を信じて、その前に頭を屈めたように、僕はかのようにの前に敬虔に頭を屈める。その尊敬の情は熱烈ではないが、澄み切った、純潔な感情なのだ。道徳だってそうだ。義務が事実として証拠立てられるものでないと云・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・それを複数に誤って老人等と訳してあった。アルテが一老女だと云うことは、どのコンメンタアルにもある。高橋君も町井君も正しく訳していられる。それを私はうっかり誤った。苦心しなかった結果である。私は杉君に返事を遣って、礼を言った。それから後に逢っ・・・ 森鴎外 「不苦心談」
出典:青空文庫