・・・ 大正改元の翌年市中に暴動が起った頃から世間では仏蘭西の文物に親しむものを忌む傾きが著しくなった。たしか『国民新聞』の論説記者が僕を指して非国民となしたのもその時分であった。これは帰朝の途上わたくしが土耳古の国旗に敬礼をしたり、西郷隆盛・・・ 永井荷風 「正宗谷崎両氏の批評に答う」
・・・啻に出産老病の一事のみならず、人間の子にして父母を親しみ父母を慕い、父母にして子を愛し子を親しむは、天性の約束なるに、女子が他家に嫁したればとて、実の父母を第二にして専ら舅姑の方を親愛し尊敬して孝行せよとは、畢竟出来ぬ事を強うるものと言う可・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・他人の同居して不和なる者、別宅して相親しむべし。他人のみならず、親子兄弟といえども、二、三の夫婦が一家に眠食して、よくその親愛をまっとうしたるの例は、世間にはなはだ稀なり。 今政府と人民とは他人の間柄なり。未だ遠ざからずして、まず相近づ・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・此の夏は福島のふるさとに帰って祖母達と久しぶりで此の俳味に富んだ何とも云われぬ古風な懐しい情景に親しむことができました。夕方お星様がチラチラまたたく頃になると何の家でも生のままの杉の葉をいぶしてその紫の煙で蚊を追いやるのです。そして人々は煙・・・ 宮本百合子 「蚊遣り」
・・・あるいは庭に咲く日向葵、日夜我らの親しむ親や子供の顔。あるいは我らが散歩の途上常に見慣れた景色。あるいは我々人間の持っているこの肉体。――すべて我々に最も近い存在物が、彼らに対して、「そこに在ることの不思議さ」を、「その測り知られぬ美しさ」・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
・・・自然美を十分に味わうべきこと、文芸を心の糧とすべきこと、その文芸も『万葉集』、『源氏物語』のごとき古典に親しむべきこと、連歌や歌の判のことなども心得べきこと、などを説いた後に、実践の問題に立ち入って、人を見る明が何よりも大切であることを教え・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
・・・その神話的な、象徴化の多い表現に親しむとともに、それを具体化した仏像仏画にも接した。私は彼らの心臓の鼓動を聞くように思う。――彼らが朝夕その偶像の前に合掌する時、あるいは偶像の前を回りながら讃頌の詩経を誦する時、彼らの感激は一般の参詣者より・・・ 和辻哲郎 「偶像崇拝の心理」
・・・これらの物に親しむのはいかなる意味においても我々を益し我々を幸福にするだろう。 和辻哲郎 「夏目先生の追憶」
出典:青空文庫