・・・ けれども、ペンをとり、物を書こうとする時、此、われ等の言葉ほど、親密に内奥の感じを表現し得るものが他にありましょうか。 不満な諸点にかかわらず、その直接性に於て此よりよいと云うものは感じられない。テキスト・ブック、としてでなく、ロ・・・ 宮本百合子 「芸術家と国語」
・・・ 少女時代から育って来た環境から、自然ケーテにとって親密なモデルであった勤労する人々の生活が、真に社会的な意味で理解されはじめたのも、おそらくはカールと結婚した後の成長の結果ではなかったろうか。結婚後六年目の一八九七年にケーテの初めての・・・ 宮本百合子 「ケーテ・コルヴィッツの画業」
・・・紫の布ッ端とばかり感じられない親密さがあるのであった。 宏やかな自然の風景を写している由子の意識の上に暫く紫の前掛が鄙びた形でひらひらした。段々その幻影がぼやけ、紐だけはっきり由子の心に遺った。紐は帯留めのお下りであった。あの帯留は母が・・・ 宮本百合子 「毛の指環」
・・・又くつろいだお喋り。親密な会話。頭の中でつきつめたことの独白――もう一人の自分に向っての。そういう風ね。私は自分の全生活の波、色、響をあなたのところへ一つものこさずつたえて、それでくるんであげたい。むきになって仕事をしているときのつめよせた・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ 丁度、雨にそぼぬれた獣物が、一つところにじっと団り合って、お互の毛の臭い、水蒸気に混って漂う息の臭いを嗅ぎ合うような親密さ、その直接な――種々な虚飾や、浅薄な仮面をかなぐり捨てて、持って生れた顔と顔とで向い合う心持は、私の今まで知らな・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・ いろいろそういうところがあって、それが生活の気分を、平易親密な美しさに憩わせることの少いものにして来ている。 この頃、銀座の裏通りを歩いたりすると一寸した趣味とげてものをとりまぜたような店がふえて来ているのが目立つ。 一応贅沢・・・ 宮本百合子 「生活のなかにある美について」
・・・自分たちが嘗てはそのものであった学生、兄や弟や仲間たちが皆そうである学生、よろこんだり悲しんだり不幸をもったりして成長と挫折の可能の間に青春を経験しつつある外ならぬその学生としての感じが、親密に共感をもって伝えられて来ると思う。学生は人間と・・・ 宮本百合子 「生態の流行」
・・・ 大体、文化史というものは、何となし私たちに親密に感じられてとりつきやすいと同時に、その文化についての述作の中には様々の夾雑的要素がまぎれ込んで来やすい危険がある。文化の観念は、ウエルズの所謂青春的現代の紛糾にあって必ずしもいつも明徹で・・・ 宮本百合子 「世代の価値」
・・・いつも活気があり、流動があり、些の感傷と常套もあって、父は親密な温い父でした。 私が九つか十位から十年間ばかり、私がまだ父と一緒の家に暮していた間、朝父の出がけの身仕度をするのが私の楽しい任務でした。お洒落ではなかったが、髭は必ず毎朝剃・・・ 宮本百合子 「父の手帳」
・・・と、道を求める人との中間に、道というものの存在を客観的に認めていて、それに対して全く無頓着だというわけでもなく、さればと言ってみずから進んで道を求めるでもなく、自分をば道に疎遠な人だと諦念め、別に道に親密な人がいるように思って、それを尊敬す・・・ 森鴎外 「寒山拾得」
出典:青空文庫