・・・が、それにも増して堪え難かったのは、念友の求馬を唯一人甚太夫に託すと云う事であった。そこで彼は敵打の一行が熊本の城下を離れた夜、とうとう一封の書を家に遺して、彼等の後を慕うべく、双親にも告げず家出をした。 彼は国境を離れると、すぐに一行・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・ 犬や犬や浮世の街にさすろうもの犬ならざるいくばくぞ、かみつかまれつその日と夜を送り、そのほゆる声騒がしく、とてもわれらの住み得べきにあらず、船を家となし風と波とに命を託す、安ければ買い高ければ売り、酒あれば飲み、大声あげて歌うもわがた・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・今言う通り天下に職業の種類が何百種何千種あるか分らないくらい分布配列されているにかかわらず、どこへでも融通が利くべきはずの秀才が懸命に馳け廻っているにもかかわらず、自分の生命を託すべき職業がなかなか無い。三箇月も四箇月も遊んでいる人があるの・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・余輩断じていわん、家に財あり、父母に才学あらば、十歳前後の子を今の学校に入るるべからず、またこれを他人に託すべからず、仮令いあるいは学校に入れ他人に託するも、全くこれを放ちて父母教育の関係を絶つべからずと。然りといえども実際において人の家に・・・ 福沢諭吉 「教育の事」
・・・その夢を託す一つのよすがとして、婦人雑誌はどれもこれも争ってけばけばしい表紙をつけてたくさんの服飾写真を載せています。到る処でいろいろな流行歌がうたわれています。アメリカ映画はどんどん入ってきます。銀座の街は植民地の店々のような色彩を溢らせ・・・ 宮本百合子 「自覚について」
・・・力な自我から最後の足がかりを引攫おうとしたとき、そのような苛烈な現実を歴史的な動きの中に把握してゆく精神を既に喪っていた自我がそれぞれのとりいそいだ転身の術によって自ら歴史の中に立つ気力を失った自我を託すべき地盤をさがし求めた。急速に移り動・・・ 宮本百合子 「文学精神と批判精神」
・・・特に婦人に取って、その生涯を託すべき処と明治以来教え込まれている家庭そのものが、この戦争によって全く粉砕されている。この恐しい荒廃の中から、私共が新しい明日の生活を築くためにはしっかりと現実的に自分達人民が置かれた立場を把握しなければならな・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
出典:青空文庫