・・・ 牧野はそろそろ訝るよりも、不安になって来たらしかった。それがお蓮には何とも云えない、愉快な心もちを唆るのだった。「弥勒寺橋に何の用があるんだい?」「何の用ですか、――」 彼女はちらりと牧野の顔へ、侮蔑の眼の色を送りながら、・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・ もしそこへ出たのが、当り前の人間でなくて、昔話にあるような、異形の怪物であっても、この刹那にはそれを怪み訝るものはなかったであろう。まだ若い男である。背はずっと高い。外のものが皆黒い上衣を着ているのに、この男だけはただ白いシャツを着て・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・そして自分の冷澹なのを、やや訝るような心持になった。 この心持が妙に反抗的に、白分のどこかに異性に対する感じが潜んでいはしないかと捜すような心持を呼び起した。 大野の想像には、小倉で戦死者のために法会をした時の事が浮ぶ。本願寺の御連・・・ 森鴎外 「独身」
出典:青空文庫