・・・あたかもジョンは自分の兄弟のごとき語調である。「ジョンには四人の兄弟があって、その兄弟が、熊と獅子の周囲に刻みつけられてある草花でちゃんと分ります」見るとなるほど四通りの花だか葉だかが油絵の枠のように熊と獅子を取り巻いて彫ってある。「ここに・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・ と、漢語調の軍隊言葉で、如何にも日本軍人らしく、彼は勇ましい返事をした。そして先頭に進んで行き、敵の守備兵が固めている、玄武門に近づいて行った。彼の受けた命令は、その玄武門に火薬を装置し、爆発の点火をすることだった。だが彼の作業を終っ・・・ 萩原朔太郎 「日清戦争異聞(原田重吉の夢)」
・・・が、渡辺氏は、そういう理論づけを我からつきくずして、まるでその口元が目にみえるような煽動の語調で、一言一言ゆっくりと、ソヴェトの社会主義なんかは「インチキ」といわれました。どんな客観的理由も説明せず、三十年間の社会主義社会建設の歴史をもって・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・ちっとも語調に真情がない、―― 軈て発車した。 私は眠い。一昨日那須温泉から帰って来、昨日一日買いものその他に歩き廻って又戻って行こうとしているのだから。それに窓外の風景もまだ平凡だ。僅かとろりとした時、隣りの婆さんが、後の男に呼び・・・ 宮本百合子 「一隅」
・・・片岡さんは、少し意外そうな語調で、結婚は子供を生むためというより、それは自然のよろこばしい結果であって、根本には人と人との正しい結びつきを求めるのが、結婚の真の意味だろうといっていられた。 その記事が私を打ったのも、若い女性の胸に結婚と・・・ 宮本百合子 「結婚論の性格」
・・・ 日本的な性格の特徴を肯定するとき、それと対照的な性格の質を、説明なしでより望ましくないもののような語調で語ることも、文化を正しく把握する態度ではなかろうと思う。日本の女の服装は華やかさを内にひそめたものであり、外国の女はけばけばしい許・・・ 宮本百合子 「世代の価値」
・・・クロポトキンは、ツルゲーネフの諸作品の重要なモティーヴが殆ど皆恋愛におかれていることに聴衆の注意をひき「ルージン」の扱い方では作者にすっかり同意を示した。クロポトキンは、語調に熱さえふくめてこう云った。「マッジニイとラサールは同じような仕事・・・ 宮本百合子 「ツルゲーネフの生きかた」
・・・東洋精神独特の美の感覚なのだから、とつよい語調で云った。それだけでは、益々理解が混雑する様子であった。封建時代の日本人がその社会生活から慣習づけられていた感情抑制の必要、美の内攻性及び日本の建築、家具什器の材料に木、紙、竹、土類を主要品とし・・・ 宮本百合子 「文学上の復古的提唱に対して」
・・・ ふと語調をかえ、お清はおかしい秘密話でも打ちあけるように云いつづけた。「こないだあの人の家へ行った時ね、話さなかったけれど、親父さんなんかいやしなかったんだよ、いやじゃあないの。あんなに、親父さんが会いたいって云うって招んどきなが・・・ 宮本百合子 「未開な風景」
・・・ 胡麻塩頭を五分刈にして、金縁の目金を掛けている理科の教授石栗博士が重くろしい語調で喙を容れた。「一体君は本当の江戸子かい。」「知れた事さ。江戸子のちゃきちゃきだ。親父は幕府の造船所に勤めていたものだ。それあの何とかいう爺いさん・・・ 森鴎外 「里芋の芽と不動の目」
出典:青空文庫