・・・ 黒白の切片の配置、線の並列交錯に現われる節奏や諧調にどれだけの美的要素を含んでいるかという事になると、問題がよほど抽象的なものになり、むしろ帰納的な色彩を帯びては来るが、しかしそれだけにいくらか問題の根本へ近づいて行きそうに思われる。・・・ 寺田寅彦 「浮世絵の曲線」
・・・刑務所や工場を題材にしているにかかわらず、全体に明るい朗らかな諧調が一貫している。このおもしろさはもちろん物語の筋から来るのでもなく、哲学やイデオロギーからくるのでもなんでもなくて、全編の律動的な構成からくる広義の音楽的効果によるものと思わ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・平生はただ美しいとばかりで不注意に見過ごしている秋の森の複雑な色の諧調は全く臆病な素人絵かきを途方にくれさせる。まだ目の鋭くないわれわれ初学者にとってはおそらくこれほどいい材料はあるまい。しかし黒人になればたぶんただ一面のちゃぶ台、一握りの・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・自分は不幸にして未来派の画やカンジンスキーのシンクロミーなどというものに対して理解を持ち兼ねるものであるが、ただ三色版などで見るこれらの絵について自分が多少でも面白味を感ずる色彩の諧調は津田君の図案帖に遺憾なく現われている。時には甚だしく単・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
・・・店で買物をしている人たちも、往来で立話をしている人たちも、皆が行儀よく、諧調のとれた低い静かな声で話をしていた。それらの話や会話は、耳の聴覚で聞くよりは、何かの或る柔らかい触覚で、手触りに意味を探るというような趣きだった。とりわけ女の人の声・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・喜べこの上もない音楽の諧調――飢に泣く赤ん坊の声、砕ける肉の響き、流れる血潮のどよめき。 この上もない絵画の色――山の屍、川の血、砕けたる骨の浜辺。 彫塑の妙――生への執着の数万の、デッド、マスク! 宏壮なビルディングは空に向っ・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・ なるほど、小さい絵はがきに見るこの源氏物語図屏風にしろ、魅力をもって先ず私たちをとらえるのは、大胆な裡にいかにもふっくり優しさのこもった動きで展開されている独特な構図の諧調である。 後年光琳の流れのなかで定式のようになった松の翠の・・・ 宮本百合子 「あられ笹」
・・・近い屋根屋根の波の面白さ、それから段々と低くなって並木通へ視線が導かれ、そこに在る点景の白い婦人の姿を中心として一層ひろい海面へのびてゆくリズムは実に変化と諧調に富んでいて、眺めていると複雑にとらえられている角度や線の交錯から、その海辺に都・・・ 宮本百合子 「ヴォルフの世界」
・・・その特殊な条件をもつ短い時期のうちにおこった一つ二つのエピソードを中心として、この作者の全心から流れ出す初々しい生の感覚と愛の諧調で全篇がつらぬかれている。おのずからなる抒情的でメロディアスな筆致は、わたしの作品の全系列の中にあっても類の少・・・ 宮本百合子 「解説(『風知草』)」
・・・新響の放送であろうと思われるような交響楽が鳴り出して、諧調ある美しい音に神経が突然快くゆるめられたと思う間もなく、「ああ打ちました! 打ちました!」などと叫ぶアナウンサアの声がわり込み、音楽と野球実景放送とがしばらくあやめも分らずもつれ合っ・・・ 宮本百合子 「芸術が必要とする科学」
出典:青空文庫