・・・父は苦々しげに彼を尻目にかけた。負けじ魂の老人だけに、自分の体力の衰えに神経をいら立たせていた瞬間だったのに相違ない。しかも自分とはあまりにかけ離れたことばかり考えているらしい息子の、軽率な不作法が癪にさわったのだ。「おい早田」 老・・・ 有島武郎 「親子」
・・・血は上ずっても、性は陰気で、ちり蓮華の長い顔が蒼しょびれて、しゃくれてさ、それで負けじ魂で、張立てる治兵衛だから、人にものさ言う時は、頭も唇も横町へつん曲るだ。のぼせて、頭ばっかり赫々と、するもんだで、小春さんのいい人で、色男がるくせに、頭・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・そして負けじ魂と強い腕の力で波風をしのいでいる人のように見える。強い人にも嘆き悲しみ悶えはある。しかしそれは弱いもののそれとは何処かちがった響がある。 宇都野さんの歌の音調にはやはり自ずからな特徴がある。それは如何なる点に存するか明白に・・・ 寺田寅彦 「宇都野さんの歌」
・・・マリヤがそういう生活に耐えて、二十六歳のころ物理は一番で、数学は二番という成績で学士号を得たのが、決してただの負けじ魂や女の勝気や名誉心からではなかったことを、私たちは深く心にとめて味わわなければならないと思います。マリヤは、しんから科学の・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人の命の焔」
・・・ 一かどの芸術家は、男女によらずだれしも或る強情さ、一途さ、意志のつよさ、人生への負けじ魂をもっている。それは人間的な素地として、其々の専門部門への特別な天稟とともに備えている。其々の時代の制約と闘うということも共通である。苦心するのも・・・ 宮本百合子 「「青眉抄」について」
・・・ここには、一人のなかなか人生にくい下る粘りをもった、負けじ魂のつよい、浮世の波浪に対して足を踏張って行く男の姿がある。自分の努力で、社会に正当であると認められた努力によってかち得たものは、決して理由なくそれを外部から侵害されることを許さない・・・ 宮本百合子 「山本有三氏の境地」
出典:青空文庫