・・・そうして楽屋からは朗々と、「踏み破る千山万岳の煙」とか云う、詩をうたう声が起っていた。お蓮にはその剣舞は勿論、詩吟も退屈なばかりだった。が、牧野は巻煙草へ火をつけながら、面白そうにそれを眺めていた。 剣舞の次は幻燈だった。高座に下した幕・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・仮に現在普通の道徳を私が何らかの点で踏み破るとする。私にはその後のことが気づかわれてならない。それが有形無形の自分の存在に非常の危険を持ち来たす。あるいは百年千年の後には、その方が一層幸福な生存状態を形づくるかも知れないが、少なくともすぐ次・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・ と叫ぶ声がして、バリバリ竹垣を踏破る音が起った。母は、さっと廻転椅子を立ち上るなり、物をも云わず庭に向ってまだ開け放されていた椽側の雨戸をしめた。宵の八時頃であったろうか。 書簡註。キャップ、アンド、ガウンの大学生が・・・ 宮本百合子 「中條精一郎の「家信抄」まえがきおよび註」
出典:青空文庫