・・・折目をつまんで抛り出すと、婆さんの膝の傍に白繻子の裏を天井に向けて帽が転がる。灰色のチェスターフィールドを脱いで、一振り振って投げた時はいつもよりよほど重く感じた。日本服に着換えて、身顫いをしてようやくわれに帰った頃を見計って婆さんはまた「・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・女の子はますます面白がって灸の転がる後からついて出た。灸は女の子が笑えば笑うほど転がることに夢中になった。顔が赤く熱して来た。「エヘエヘエヘエヘ。」 いつまでも続く女の子の笑い声を聞いていると、灸はもう止まることが出来なかった。笑い・・・ 横光利一 「赤い着物」
・・・と、再びそこから高縁の上へ転がると、間もなく裸体の四つの足が、空間を蹴りつけ裏庭の赤万両の上へ落ち込んだ。葛と銀杏の小鉢が蹴り倒された。勘次は飛び起きた。そして、裏庭を突き切って墓場の方へ馳け出すと、秋三は胸を拡げてその後から追っ馳けた。・・・ 横光利一 「南北」
出典:青空文庫