・・・また、親が多年の辛苦でたくわえた貯金を赤いむすこや娘が運動資金に持ち出したとすれば、その場合のさるは子供でかにはおやじである。さらにその子供を使嗾して親爺の金を持ち出させた親ざるはやはり一種の搾取者である。 桃太郎が鬼が島を征服するのが・・・ 寺田寅彦 「さるかに合戦と桃太郎」
・・・蘭学の先駆者たちがたった一語の意味を判読し発見するまでに費やした辛苦とそれを発見したときの愉悦とは今から見れば滑稽にも見えるであろうが、また一面には実にうらやましい三昧の境地でもあった。それに比べて、求める心のないうちから嘴を引き明けて英語・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・――父の病気に対する『愛なき恐れ』、金に対する不安、母の辛苦、不孝のために失われたる親子の愛情、学業に対する不忠実、このようなものが入り乱れている頭には、この大芝居の忠臣蔵もおもしろいはずはない。しかし芝居のようなざわざわしている所がいちば・・・ 寺田寅彦 「亮の追憶」
・・・彼らが千荊万棘を蹈えた艱難辛苦――中々一朝一夕に説き尽せるものではない。明治の今日に生を享くる我らは維新の志士の苦心を十分に酌まねばならぬ。 僕は世田ヶ谷を通る度に然思う。吉田も井伊も白骨になってもはや五十年、彼ら及び無数の犠牲によって・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・或は婦人が漫に男子の挙動を疑い、根もなき事に立腹して平地に波を起すが如き軽率もあらんか、是れぞ所謂嫉妬心なれども、今の男子社会の有様は辛苦して其微を窺うに及ばず、公然の秘密と言うよりも寧ろ公然の公けとして醜体を露す者こそ多けれ。家に遺伝の遺・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・風潮、政談の一方に向うて、いやしくも政を語る者は他の尊敬を蒙り、またしたがって衣食の道にも近くして、身を起すに容易なるその最中に、自家の学問社会をかえりみれば、生計得べきの路なきのみならず、蛍雪幾年の辛苦を忍耐するも、学者なりとして敬愛する・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・かくの如きはすなわち、辛苦数年、順良の生徒を養育して、一夜の演説、もってその所得を一掃したるものというべし。 ただにこれを一掃するのみならず、順良の極度より詭激の極度に移るその有様は、かの仏蘭西北部の人が葡萄酒に酔い、菓子屋の丁稚が甘に・・・ 福沢諭吉 「経世の学、また講究すべし」
・・・夫が妻の辛苦を余処に見て安閑たるこそ人倫の罪にして恥ず可きのみならず、其表面を装うが如きは勇気なき痴漢と言う可し。一 女子少しく成長すれば男子に等しく体育を専一とし、怪我せぬ限りは荒き事をも許して遊戯せしむ可し。娘の子なるゆえにとて自宅・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・すでに誉れなく、また利益なし、何のために辛苦勤学したるやと尋ねらるれば、ただ今にても返答に困る次第なれども、一歩を進めて考うれば説なきにあらず。 すなわち余は日本の士族の子にして、士族一般先天遺伝の教育に浴し、一種の気風を具えたるは疑も・・・ 福沢諭吉 「成学即身実業の説、学生諸氏に告ぐ」
・・・内行を慎むが如き、非常の辛苦にあらず。在昔はこれを戒むるの趣意、単にその人の一身にありしことなれども、今は則ち一国の栄辱に関して、更に重大の事とはなりたり。身を思い国を思う者は、深く自ら省みる所なかるべからざるなり。「日本男子論」の一編・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
出典:青空文庫