・・・何だか身体の具合が平常と違ってきて熱の出る時間も変り、痰も出ず、その上何処となく息苦しいと言いますから、早速かかりつけの医師を迎えました。その時、医師の言われるには、これは心臓嚢炎といって、心臓の外部の嚢に故障が出来たのですから、一週間も氷・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・そしてやっと医者を迎えた頃には、もうげっそり頬もこけてしまって、身動きもできなくなり、二三日のうちにははや褥瘡のようなものまでができかかって来るという弱り方であった。ある日はしきりに「こうっと」「こうっと」というようなことをほとんど一日言っ・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・の白雲も行くにところなく、尾上に残る高嶺の雪はわけて鮮やかに、堆藍前にあり、凝黛後にあり、打ち靡きたる尾花野菊女郎花の間を行けば、石はようやく繁く松はいよいよ風情よく、えんようたる湖の影はたちまち目を迎えぬ。 どこまでもその歓心を買わん・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・われら急に内に入りて二人を求めしに、二郎は元の席にあり、十蔵はそのそばの椅子に座し、二郎が眼は鋭く光りて顔色は死人かと思わるるばかり蒼白く、十蔵は怪しげなる微笑を口元に帯びてわれらを迎えぬ。あまりの事に人々出す言葉を知らざりき。倶楽部員は二・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・ 四 試験がすんで、帰るべき筈の日に、おきのは、停車場へ迎えに行った。彼女は、それぞれ試験がすんで帰ってくる坊っちゃん達を迎えに行っている庄屋の下婢や、醤油屋の奥さんや、呉服屋の若旦那やの眼につかぬように、停車場の外・・・ 黒島伝治 「電報」
・・・と、ぞんざいに挨拶して迎えた。ぞんざいというと非難するように聞えるが、そうではない、シネクネと身体にシナを付けて、語音に礼儀の潤いを持たせて、奥様らしく気取って挨拶するようなことはこの細君の大の不得手で、褒めて云えば真率なのである。それ・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・私たちは順に迎え火の消えた跡をまたいだ。すると、次郎はみんなの見ている前で、「どれ三ちゃんや末ちゃんの分をもまたいで――」 と言って、二度も三度も焼け残った麻幹の上を飛んだ。「ああいうところは、どうしても次郎ちゃんだ。」 と・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・あらかじめ佐吉さんに電報を打って置いたのですが、はたして三島の駅に迎えに来てくれて居るかどうか、若し迎えに来て居てくれなかったら、私は此の三人の友人を抱えて、一体どうしたらいいでしょう。私の面目は、まるつぶれになるのではないでしょうか。三島・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・ずっと後に従妹のエルゼ・アインシュタインを迎えて幸福な家庭を作っているという事である。 一九〇一年、スイス滞在五年の後にチューリヒの公民権を得てやっと公職に就く資格が出来た。同窓の友グロスマンの周旋で特許局の技師となって、そこに一九〇二・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・そして若い時から兄夫婦に育てられていた義姉の姪に桂三郎という養子を迎えたからという断わりのあったときにも、私は別に何らの不満を感じなかった。義姉自身の意志が多くそれに働いていたということは、多少不快に思われないことはないにしても、義姉自身の・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
出典:青空文庫