・・・これを聞いているうちに自分はアメリカの黒奴史を通覧させられるような気がした。 砂漠でらくだがうずくまっていると飛行機の音が響いて来る、するとらくだが驚いて一声高くいなないて立ち上がる。これだけで芝居のうそが生かされて熱砂の海が眼前に広げ・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・しかし都合六編だけ通覧したあとでの印象は、実に思いのほかにおもしろいものであったということである。 たぶんは退屈で、しいて理屈をつけて見ているうちに頭が痛くなるようなものではないかと思っていた予想に反して、ただぼんやり見ているだけでなん・・・ 寺田寅彦 「踊る線条」
・・・ また一方において、数学の複雑な式の開展を充分に理解しないでしかも、アインシュタインがこの理論を構成する際に歩んで来た思考上の道程を、かなりに誤らずに通覧する事も必ずしも不可能ではないのである。不可能でないのみならずある程度までのある意・・・ 寺田寅彦 「相対性原理側面観」
・・・温度の観念でも昔の触感によった時代から特殊物質の膨脹によった時代を経て今日の熱力学的の絶対温度に到着するまでの径路を通覧すれば、ある時代に夢想だもできぬような考えが将来に起こりうる事は明らかである。もっと新しい例を取れば質量に関する観念があ・・・ 寺田寅彦 「物理学と感覚」
・・・もっとも、ただの一句でもそれを読む時の感官的活動は時間的に進行するので、決して同時にいろいろの要素表象が心に響くのではないが、しかし一句としてのまとまった感じは一句を通覧した時に始めて成立するのであるから、物理的には同時でなくても心理的には・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・しかしその後幾星霜を経て、大正六、七年の頃、わたくしは明治時代の小説を批評しようと思って硯友社作家の諸作を通覧して見たことがあったが、その時分の感想では露伴先生の『らんげんちょうご』と一葉女史の諸作とに最深く心服した。緑雨の小説随筆はこれを・・・ 永井荷風 「正宗谷崎両氏の批評に答う」
・・・それで先ず寄贈された大冊子の冒頭にある緒言だけを取り敢ず通覧した。 維新の革命と同時に生れた余から見ると、明治の歴史は即ち余の歴史である。余自身の歴史が天然自然に何の苦もなく今日まで発展して来たと同様に、明治の歴史もまた尋常正当に四十何・・・ 夏目漱石 「マードック先生の『日本歴史』」
・・・、日本国中、学問の社会においては、長者先進と称すべき者なるがゆえに、その人物に相当すべき位階勲章を賜わるは事の当然にして、本人等の満足すべきのみならず、またもって帝室の無偏・無党にして、日本国の全面を通覧せられ、政治も学問も同一視し給うとの・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
出典:青空文庫