・・・しかしゆうべまであった花はどうしたろう、生花も造花もなんにも一つもないよ。何やら盛物もあったがそれも見えない。きっと乞食が取ったか、この近辺の子が持って往たのだろう。これだから日本は困るというのだ。社会の公徳というものが少しも行われて居らぬ・・・ 正岡子規 「墓」
・・・菊の花の造花や、薄でこしらえた赤い耳の木菟を売るみやげやが、団子坂上からやっちゃば通りまでできた。 菊人形が国技館で開かれるようになってからは、見にゆく人の層も変ったらしいけれども、団子坂の菊人形と云われたことは、上野へ文展を見にゆく種・・・ 宮本百合子 「菊人形」
・・・異様に白く、或は金焔色に鱗片が燦めき、厚手に装飾的な感じがひろ子に支那の瑪瑙や玉の造花を連想させた。「なあ、ヘェ、あてらうちにこんなん五匹いるわ」 それは普通の出目金で、真黒なのが、自分の黒さに間誤付いたように間を元気に動き廻ってい・・・ 宮本百合子 「高台寺」
・・・柱にかけた鏡の上に飾ってあるバラの造花、ビール箱を四つ並べた寝台の頭上の長押に、遠慮深くのせられてある三寸ばかりのキリストの肖像。――それ等は、悠くり、隅から隅へ歩いているダーリヤのやや田舎風な、にくげない全体とよく調和していた。レオニード・・・ 宮本百合子 「街」
・・・ 彼と父親とがそうして土下座しているところへ、七十余りになる老人が、仏前に供えた造花の花を二枝手に持って、泣きながらやって来ました。「おじいさんの永生きにあやかりとうてな、こ、こ、これを、もろうて来ました。なあ、おじいさんは永生きじゃっ・・・ 和辻哲郎 「土下座」
出典:青空文庫