・・・ その中に、主従の間に纏綿する感情は、林右衛門の重ねる苦諫に従って、いつとなく荒んで来た。と云うのは、独り修理が林右衛門を憎むようになったと云うばかりではない。林右衛門の心にもまた、知らず知らず、修理に対する憎しみが、芽をふいて来た事を・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・のみならずまた曾祖母も曾祖父の夜泊まりを重ねるために家に焚きもののない時には鉈で縁側を叩き壊し、それを薪にしたという人だった。 三 庭木 新しい僕の家の庭には冬青、榧、木斛、かくれみの、臘梅、八つ手、五葉の松などが植・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・もし初めからアレだけ巻数を重ねる予定があったなら、一輯五冊と正確に定めて十輯十一輯と輯の順番を追って行くはずで、九輯の上だの下だの、更に下の上だの下の下だのと小面倒な細工をしないでも宜かったろうと思う。全部を二分して最初の半分が一輯より八輯・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・路傍に茣蓙を敷いてブリキの独楽を売っている老人が、さすがに怒りを浮かべながら、その下駄を茣蓙の端のも一つの上へ重ねるところを彼は見たのである。「見たか」そんな気持で堯は行き過ぎる人びとを振り返った。が、誰もそれを見た人はなさそうだった。・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・離合を重ねるたびに人間の、ことに女性の霊魂は薫染せざるを得ないからである。如何にハリウッドの女優のような知性と生活技法、経済的基礎とをもってしても、離合のたびに女性の品位は堕落し、とうてい日本の貞女烈婦のような操持ある女性の品位と比ぶべくも・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
・・・つまり、その観念の発生は女の内部にかかわりなく外から支配的な便宜に応じてこしらえられたものだのに歴史の代を重ねるにつれてその時から狭められた生活のままいつか女自身のものの感じかたの内へさえその影響が浸透してきていて、まじめに生きようとする女・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
・・・一度はフィレンツェ市の防衛のためにサン・ミニアトの丘に立ったミケルアンジェロが、亡命者としてローマに止まり、人々をその悲痛さで撃つばかりのピエタを作りながら、九十年の生涯を終る有様は、波瀾に波瀾を重ねるフィレンツェ市の推移とともに見事な浮彫・・・ 宮本百合子 「現代の心をこめて」
・・・ そう訊くと、おけいちゃんは袂を膝の上で重ねるようにして、そういうわけじゃないんだけれど、と答えるのであった。 それからまたおけいちゃんの姿が久しく見えなくなってしまった。その間にどの位の時がへだてられたか今思い出せないけれど、その次に・・・ 宮本百合子 「なつかしい仲間」
・・・わたしらの雑誌『働く婦人』の調子が号を重ねるにつれきつくなって、四月号などは男の雑誌か女の雑誌かわからないほど高度になっている。これでは黙っておけぬ、というのです。とくに、四月号には前号から引つづき日本帝国主義侵略戦争反対の意見をのべた読者・・・ 宮本百合子 「ますます確りやりましょう」
・・・ 世界の歴史が激動し、国々の歴史が波瀾を重ねる間にも、私たちが歴史のために役立とうとすれば、窮極は自分という一個の女性を、最大の可能でそれぞれの道と部面とにおいて人及び女として成長させ、能力を発揮して行くことにほかならないということは意・・・ 宮本百合子 「身についた可能の発見」
出典:青空文庫