・・・と云う言葉を思い出し、××の将校や下士卒は勿論、××そのものこそ言葉通りにエジプト人の格言を鋼鉄に組み上げていると思ったりした。従って楽手の死骸の前には何かあらゆる戦いを終った静かさを感じずにはいられなかった。しかしあの水兵のようにどこまで・・・ 芥川竜之介 「三つの窓」
・・・そう云えば成程頭の上にはさっきよりも黒い夕立雲が、一面にむらむらと滲み渡って、その所々を洩れる空の光も、まるで磨いた鋼鉄のような、気味の悪い冷たさを帯びているのです。新蔵は泰さんと一しょに歩きながら、この空模様を眺めると、また忌わしい予感に・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・すると、見るまに白く光っていた鋼鉄のレールは真っ赤にさびたように見えたのでありました……。 またある繁華な雑沓をきわめた都会をケーが歩いていましたときに、むこうから走ってきた自動車が、危うく殺すばかりに一人のでっち小僧をはねとばして、ふ・・・ 小川未明 「眠い町」
・・・ 展望の北隅を支えている樫の並樹は、ある日は、その鋼鉄のような弾性で撓ない踊りながら、風を揺りおろして来た。容貌をかえた低地にはカサコソと枯葉が骸骨の踊りを鳴らした。 そんなとき蒼桐の影は今にも消されそうにも見えた。もう日向とは思え・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・諸君は今日のようなグラグラ政府には飽きられただろうと思う、そこでビスマークとカブールとグラッドストンと豊太閤みたような人間をつきまぜて一鋼鉄のような政府を形り、思切った政治をやってみたいという希望があるに相違ない、僕も実にそういう願を以てい・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・つくづくと此の三字を見つめていると、とてもこれは堂々たる磨きに磨いて黒光りを発している鉄仮面のように思われて来た。鋼鉄の感じである。男性的だ。ひょっとしたら、鉄面皮というのは、男の美徳なのかも知れない。とにかく、この文字には、いやらしい感じ・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・その線がふとい鋼鉄の直線のように思われた。その他は誰もない。」「死して、なおすすむ。」「長生をするために生きて居る。」「蹉跌の美。」「Fact だけを言う。私が夜に戸外を歩きまわると、からだにわるいのが痛快にからだにこたえて、よくわかるのだ・・・ 太宰治 「めくら草紙」
・・・そうして、鋼鉄製あるいはジュラルミン製の糸車や手機が家庭婦人の少なくも一つの手慰みとして使用されるようなことが将来絶対にあり得ないということを証明することもむつかしそうに思われる。現に高官や富豪のだれかれが日曜日にわざわざ田舎へ百姓のまねを・・・ 寺田寅彦 「糸車」
・・・そうしてそれが雑然たる群衆ではなくて、ほとんど数学的「鋼鉄的」に有機的な設計書の精細な図表に従って、厳重に遂行されなければならない性質のものである。しかもそれはこれに併行する経済的の帳簿の示す数字によって制約されつつ進行するのである。細かく・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・ カルネラは昔の力士の大砲を思い出させるような偉大な体躯となんとなく鈍重な表情の持ち主であり、ベーアはこれに比べると小さいが、鋼鉄のような弾性と剛性を備えた肉体全体に精悍で隼のような気魄のひらめきが見える。どこか昔日の力士逆鉾を思い出さ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
出典:青空文庫