・・・谷中から上野を抜けて東照宮の下へ差掛った夕暮、偶っと森林太郎という人の家はこの辺だナと思って、何心となく花園町を軒別門札を見て歩くと忽ち見附けた。出来心で名刺を通じて案内を請うと、暫らくして夫人らしい方が出て来られて、「ドウいう御用ですか?・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・ 豊吉はうなずいて門札を見ると、板の色も文字の墨も同じように古びて「片山四郎」と書いてある。これは豊吉の竹馬の友である。『達者でいるらしい、』かれは思った、『たぶん子供もできていることだろう。』 かれはそっと内をのぞいた。桑園の・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・老憊の一生活人へ、まこと敬虔の心でお礼を申し述べ、教えられたとおりの路をあやまたずに三曲りして、四曲りした角に、なんなく深田久弥のつつましき門札を見つけた。かねて思いはかっていたよりも十倍くらいきちんとしたお宅だったので、これは、これは、と・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・何でも上根岸八十二番とか思うていたが家々の門札に気を付けて見て行くうち前田の邸と云うに行当ったので漱石師に聞いた事を思い出して裏へ廻ると小さな小路で角に鶯横町と札が打ってある。これを這入って黒板塀と竹藪の狭い間を二十間ばかり行くと左側に正岡・・・ 寺田寅彦 「根岸庵を訪う記」
出典:青空文庫