・・・するとその女はまたこんなことを言って吉田を閉口させてしまうのだった。「それは今ここで教えてもこの病院ではできまへんで」 そしてそんな物々しい駄目をおしながらその女の話した薬というのは、素焼の土瓶へ鼠の仔を捕って来て入れてそれを黒焼き・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・ 馬鈴薯も全きり無いと困る、しかし馬鈴薯ばかりじゃア全く閉口する!」 と言って、上村はやや満足したらしく岡本の顔を見た。「だって北海道は馬鈴薯が名物だって言うじゃアありませんか」と岡本は平気で訊ねた。「その馬鈴薯なんです、僕はそ・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・まだ炎熱いので甲乙は閉口しながら渓流に沿うた道を上流の方へのぼると、右側の箱根細工を売る店先に一人の男が往来を背にして腰をかけ、品物を手にして店の女主人の談話しているのを見た。見て行き過ぎると、甲が、「今あの店にいたのは大友君じゃアなか・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・ それからまもなく、内地米一斗に外米四升が添加されるようになって麦の混食には平気だった者も外米のバラ/\してかたくて口ざわりの悪いのには閉口した。外米の添加量は次第に増されてきた。胃を悪るくする者、下痢する者など方々で悲鳴をあげた。発育・・・ 黒島伝治 「外米と農民」
・・・即ち輪講をして窘められて、帳面に黒玉ばかりつけられて、矢鱈に閉口させられてばかり居たぎりで、終に他人を閉口させるところまでには至らずに退塾って仕舞いましたのです。 幸田露伴 「学生時代」
・・・犬が怖れて寄つかぬというて、大きな豹だか虎だかの皮の巾着を貰ったので、それを腰にぶらぶらと下げて歩いたが、何だか怪しいものをさげて居た為めででもあったかして犬は猶更吠えつくようで、しばしば柳屋の前では閉口しました。然しまた可笑しかったのは、・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・家庭内のどんなささやかな紛争にでも、必ず末弟は、ぬっと顔を出し、たのまれもせぬのに思案深げに審判を下して、これには、母をはじめ一家中、閉口している。いきおい末弟は、一家中から敬遠の形である。末弟には、それが不満でならない。長女は、かれのぶっ・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・夢川利一という筆名だったので、兄や姉たちは、ひどい名前だといって閉口し、笑っていました。RIICHI UMEKAWA とロオマ字でもって印刷した名刺を作らせ、少し気取って私にも一枚くださいましたが、読んでみると、リイチ・ウメカワとなっている・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・そうして始めていわゆる活弁なるものを聞いて非常に驚いて閉口してしまって以来それきりに活動映画と自分とはひとまず完全に縁が切れてしまった。今でも自分には活弁の存在理由がどうしても明らかでないのである。 自分が活動写真の存在を忘れているうち・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・虎もだいぶ他の相手とは見当がちがうので閉口当惑のていである。蛇が虎のからだにじりじりと巻きつく速度が意外にのろい、それだけに無気味さが深刻である。蛇が蛇自身の目では見渡せないあの長いからだを、うまく舵を取って順序よく巻きついて行く手ぎわは見・・・ 寺田寅彦 「映画「マルガ」に現われた動物の闘争」
出典:青空文庫