・・・「チェッ、電気ブランでも飲んで来やがったんだぜ。間抜け奴!」「当り前よ。当り前で飲んでて酔える訳はねえや。強い奴を腹ん中へ入れといて、上下から焙りゃこそ、あの位に酔っ払えるんじゃねえか」「うまくやってやがらあ、奴あ、明日は俺達よ・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・大将「灯をつけろ、間抜けめ。」曹長点燈す。兵士等大将のエボレット勲章等を見て食せんとするの衝動甚し。大将「間抜けめ、どれもみんなまるで泥人形だ。」脚を重ねて椅子に座す。ポケットより新聞と老眼鏡とを取り出し殊更・・・ 宮沢賢治 「饑餓陣営」
・・・あすこへ、いろいろ注文が多くてうるさかったでしょう、お気の毒でしたなんて、間抜けたことを書いたもんだ。」「どっちでもいいよ。どうせぼくらには、骨も分けて呉れやしないんだ。」「それはそうだ。けれどももしここへあいつらがはいって来なかっ・・・ 宮沢賢治 「注文の多い料理店」
・・・として十円だけもらって来たのがどれだけ馬鹿なのか、間抜けなのか分らなかった。 家の様子も知らないで、やたらに川窪を疑って居るお金の言葉に、栄蔵は赤面する様だった。 ああやって心配して、気合をかけて、病気をなおす人の名や所まで教えた上・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・貴女は自分の愚かさ、間抜けさを、そんなに可愛がっていらっしゃらないでしょう。 全く、王女のように賢く、「はかない定命の下に生れた女」と云う優しい憂鬱、同時に、美しい見識を以て、白鳥のように、生活していらっしゃりたく、又被居るのではないの・・・ 宮本百合子 「大橋房子様へ」
・・・ 其は私は若いから間抜けな事は沢山するでしょう。けれども、私の持って居るそう云う希望は、間違って居るとは思いません。決して! 私は、自分が、此こそ! と思ったものは離しゃしないことよ、どんな事があっても、何と云われれても、私の命は、・・・ 宮本百合子 「結婚問題に就て考慮する迄」
・・・光りのように閃めき、跳び 貫こうとする我心本体は我にさえ解らず間抜けた侍女のようにいつもあとから「我」が実質の 影を追うのだ。 鶏裏の小屋の鶏真昼 けたたましい声をあげる。昨日も、おとと・・・ 宮本百合子 「五月の空」
・・・そして、そんなにも、何だか傍の耳へは間抜けな愛嬌に充ちて響くものだということをおどろいた。 私は、程なくひどく可笑しい、然し、蚊の止った位馬鹿らしいような悲しさも混った心持で食堂を出た。〔一九二七年五月〕・・・ 宮本百合子 「三鞭酒」
・・・彼は出来上りかけている製作をなほ子に見せながら、「姉さんいて呉れると、どんなに心丈夫だか分らない――話んなりゃしないんだから、間抜けばっかりで」と云った。傍の台の上に、耕一が製図している家の油土の模型が出来ていた。彼は、「電球見・・・ 宮本百合子 「白い蚊帳」
・・・ どうでも良いことばかり雲集している世の中で、これだけはと思う一点を、射し動かして進行している鋭い頭脳の前で、大人たちの営営とした間抜けた無駄骨折りが、山のように梶には見えた。「いっぺん工場を見に来てください。御案内しますから。面白・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫