・・・今晩が関所である。誰しもそれを感じた。監房の真中に布団を敷き、どうやら、思いきり脚をのばして独り今野が寝かされている。こんな扱いを留置場でされることは、もう最期に近いと云うことの証拠ではないか。枕元に、脱脂綿でこしらえた膿とりの棒が散乱し、・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・けれども、わたしにとって、もう一つ関所があった。 古風な鎖でたぐる車井戸へゆく右手に、十ばかり地蔵の並んだところがあった。その地蔵はどれも小さくて、丁度そこの前をとおってゆくわたしたち子供ぐらいの高さに、目鼻だちのはっきりしない、つるり・・・ 宮本百合子 「道灌山」
・・・ 信仰もなく自信もなく抱ふなどの有ろうはずもない男は通りこしてしまう事の出来ない関所の前につきあたるとあとじさりをも又つきやぶる事も出来ないでただなす事と云えば動かない「死」を声のかれるまでののしってそのあげくは普通より以上にものす・・・ 宮本百合子 「どんづまり」
出典:青空文庫