・・・一つは雨夜の仮の宿で、毛布一枚の障壁を隔てて男女の主人公が舌戦を交える場面、もう一つは結婚式の祭壇に近づきながら肝心の花嫁の父親が花嫁に眼前の結婚解消をすすめる場面である。 婦人の観客は実にうれしそうに笑っていたようである。こういうアメ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・そうしてとうとう身親しくその地をおとずれる日が来たのであったが、その時からまたさらに二十年を隔てた今の自分には、この油絵のスイスと、現実に体験したスイスとの間の差別の障壁はおおかた取り払われてしまって、かえって二十年前の現実が四十年前の幻像・・・ 寺田寅彦 「青衣童女像」
・・・そういう家は大抵周囲に植木が植込んであって、それが有力な障壁の役をしたものらしい。これに反して新道沿いに新しく出来た当世風の二階家などで大損害を受けているらしいのがいくつも見られた。松本附近である神社の周囲を取りかこんでいるはずの樹木の南側・・・ 寺田寅彦 「颱風雑俎」
・・・人間の歴史のある時期に地球上のある地点に発生した文化の産物は時間の経過とともに人為的のあらゆる障壁を無視して四方に拡散するのは当然である。永代橋から一樽の酒をこぼせば、その中の分子の少なくもある部分はいつかは、世界じゅうの海のいかなる果てま・・・ 寺田寅彦 「日本楽器の名称」
・・・はその上にあるものと下に来るものとを対立させるための障壁である。句を読むものが舌頭に千転する間にこの障壁が消えて二つのものが一つになりいわゆる陪音が鳴り響く。「かな」は詠嘆の意を含む終止符であるから普通の意味でも切れる切れ字には相違ないが、・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・しかしながら人類の大理想は一切の障壁を推倒して一にならなければ止まぬ。一にせん、一にならんともがく。国と国との間もそれである。人種と人種の間もその通りである。階級と階級の間もそれである。性と性の間もそれである。宗教と宗教――数え立つれば際限・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・ すもものかきねのはずれから一人の洋傘直しが荷物をしょって、この月光をちりばめた緑の障壁に沿ってやって来ます。 てくてくあるいてくるその黒い細い脚はたしかに鹿に肖ています。そして日が照っているために荷物の上にかざされた赤白だんだらの・・・ 宮沢賢治 「チュウリップの幻術」
・・・ そして、其の醜い、其の固陋な障壁を破ろうとして、何時から血の汗を掻きながら戈を振って来ただろう。 昨日も、今日も、明日も、明後日も。彼等は戈を振うだろう。けれども、よく瞳を定めて凝と御覧なさい。戈を振いながら、彼等の右手は、恐ろし・・・ 宮本百合子 「無題」
・・・もちろん私は子供のわがままを何でも押えようとは思いませんが、しかし時々は自分の我のどうしても通らない障壁を経験させてやらなければ、子供の「意志」の成長のためによろしくないと考えています。で、この時にも私は子供を叱ってそのわがままを押しつぶそ・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
出典:青空文庫