・・・理想主義者は、悲しい哉、現世に於いてその言動、やや不審、滑稽の感をさえ隣人たちに与えている場合が、多いようである。謂わば、かのドン・キホオテである。あの人は、いまでは、全然、馬鹿の代名詞である。けれども彼が果して馬鹿であるか、どうかは、それ・・・ 太宰治 「デカダン抗議」
・・・ 彼らは、キリストと言えば、すぐに軽蔑の笑いに似た苦笑をもらし、なんだ、ヤソか、というような、安堵に似たものを感ずるらしいが、私の苦悩の殆ど全部は、あのイエスという人の、「己れを愛するがごとく、汝の隣人を愛せ」という難題一つにかかっている・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・以上は、わが武勇伝のあらましの御報に御座候えども、今日つらつら考えるに、武術は同胞に対して実行すべきものに非ず、弓箭は遠く海のあなたに飛ばざるべからず、老生も更に心魂を練り直し、隣人を憎まず、さげすまず、白氏の所謂、残燈滅して又明らかの希望・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・だちばかりで田畑を耕して、桃や梨や林檎の木を植えて、ラジオも聞かず、新聞も読まず、手紙も来ないし、選挙も無いし、演説も無いし、みんなが自分の過去の罪を自覚して気が弱くて、それこそ、おのれを愛するが如く隣人を愛して、そうして疲れたら眠って、そ・・・ 太宰治 「冬の花火」
・・・ 汝等おのれを愛するが如く、汝の隣人を愛せよ。 これが私の最初のモットーであり、最後のモットーです。 さようなら。またおひまの折には、おたよりを下さい。しかし、妙な縁でしたね。お大事に。敬具。・・・ 太宰治 「返事」
・・・おのれひとりの業務にのみ、努めること第一であるが、たまには隣人の、かなしくも不抜の自尊心を、そ知らぬふりして、あたためてやりたまえ。」 太宰治 「もの思う葦」
・・・それはプロレタリア意識とか、プロレタリアイデオロギーとか、そんなものから教えられたものでなく、キリストの汝等己を愛する如く隣人を愛せよという言葉をへんに頑固に思いこんでしまっているらしい。しかし己を愛する如く隣人を愛するということは、とても・・・ 太宰治 「わが半生を語る」
・・・そうして病人は臨終の間ぎわまで隣人の親切を身にしみるまで味わわされるのである。 三 田舎の自然はたしかに美しい。空の色でも木の葉の色でも、都会で見るのとはまるでちがっている。そういう美しさも慣れると美しさを感じな・・・ 寺田寅彦 「田園雑感」
・・・以上を総括して今後の日本人にはどう云う資格が最も望ましいかと判じてみると、実現のできる程度の理想を懐いて、ここに未来の隣人同胞との調和を求め、また従来の弱点を寛容する同情心を持して現在の個人に対する接触面の融合剤とするような心掛――これが大・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・なお足らざるものあり。衣服なかるべからず、住居なかるべからず。衣食住居すでに備わり、一家もって安楽なり。なお足らざるものあり。隣人のつきあいなかるべからず、社会の交際なかるべからず。 すでに交際あるときは、その交るところの者は高尚にして・・・ 福沢諭吉 「教育の目的」
出典:青空文庫