・・・それがためにようやく「雄弁」になりかけた無声映画は突然「おし」にされてしまったのであった。 映画が物を言うというノヴェルティに対する好奇心はほんのわずかの間に消え去ってしまうとともにあらゆる困難が続出して来て、映画芸術は高い山から谷底へ・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・ これが二十年前のこういう種類の飲食店だと、店の男がもみ手をしながら、とにかく口の先で流麗に雄弁なわび言を言って、頭をぴょこぴょこ下げて、そうした給仕女をしかって見せるところであろうが、時代の一転した一九三五年の給仕監督はきわめて事務的・・・ 寺田寅彦 「三斜晶系」
・・・月中旬のある日の四時過ぎに新宿の某地下食堂待合室の大きな皮張りの長椅子の片すみに陥没して、あとから来るはずの友人を待ち合わせていると、つい頭の上近くの天井の一角からラジオ・アナウンサーの特有な癖のある雄弁が流れ出していた。両国の相撲の放送ら・・・ 寺田寅彦 「相撲」
・・・饒舌の雄弁固より悪くはないかもしれぬが、自分は津田君の絵の訥弁な雄弁の方から遥かに多くの印象を得、また貴重な暗示を受けるものである。 このような種々な美点は勿論津田君の人格と天品とから自然に生れるものであろうが、しかし同君は全く無意識に・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
・・・この二つの短詩形の中に盛られたものは、多くの場合において、日本の自然と日本人との包含によって生じた全機的有機体日本が最も雄弁にそれ自身を物語る声のレコードとして見ることのできるものである。これらの詩の中に現われた自然は科学者の取り扱うような・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・ ステファン・マラルメは仏国の抒情詩をおぼらす「雄弁」を排斥した。彼は散文では現わされないものだけを詩の素材とすべきだと考えた。そうして「ホーマーのおかげで詩は横道に迷い込んでしまった。ホーマー以前のオルフィズムこそ正しい詩の道だ」と言・・・ 寺田寅彦 「俳句の精神」
・・・すると始めは極く低い皺嗄れた声が次第次第に専門的な雄弁に代って行く。「……あれえッという女の悲鳴。こなたは三本木の松五郎、賭場の帰りの一杯機嫌、真暗な松並木をぶらぶらとやって参ります……」 話が興味の中心に近いて来ると、いつでも爺さ・・・ 永井荷風 「伝通院」
・・・しかし非常な能弁家で、彼の舌の先から唾液を容赦なく我輩の顔面に吹きかけて話し立てる時などは滔々滾々として惜い時間を遠慮なく人に潰させて毫も気の毒だと思わぬくらいの善人かつ雄弁家である。この善人にして雄弁家なるベッジパードンは倫敦に生れながら・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・文句はあれで結構、身ぶりもあれで結構、おふみの舞台面もあれでよいとして、もしその間におふみと芳太郎とが万歳をやりながら互に互の眼を見合わせるその眼、一刹那の情感ある真面目ささえもっと内容的に雄弁につかまれ活かされたら、どんなに監督溝口が全篇・・・ 宮本百合子 「「愛怨峡」における映画的表現の問題」
・・・産業の合理化で男の労働者数は減少して行っている時になお、女の数は少しずつながら増大の線をたどって来ていることは女の労力が男に代り得て、しかもやすいという事実を雄弁に語っているのではなくて、何であろう。 女の性の自然と社会事情から必然とさ・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
出典:青空文庫