・・・そして、田所さんの世話で造船所の倉庫番をしたり、病院の雑役夫になったりして、そのわずかの給金の中から、禁酒貯金と秋山さん名義の貯金を続けましたが、秋山さんからは何の便りも来なかった。もっともお互い今度会う時まで便りをしないでおこうという約束・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・ 夕方の家事雑役をするということは、先刻の遊びに釣をするのでないという言葉に反映し合って、自分の心を動かさせた。 ほんとのお母さんでないのだネ。明日の米を磨いだり、晩の掃除をしたりするのだネ。 彼はまた黙った。 今日も鮒を一・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・ しばらくして、赤い着物をきた雑役が、色々な「世帯道具」――その雑役はそんなことを云った――を運んできてくれた。「どうした? 眼が赤いようだな。」 と、俺を見て云った――「なに、じき慣れるさ。」 俺は相手から顔をそむけて・・・ 小林多喜二 「独房」
一 朝飯がすんで、雑役が監房の前を雑巾がけしている。駒込署は古い建物で木造なのである。手拭を引さいた細紐を帯がわりにして、縞の着物を尻はし折りにした与太者の雑役が、ズブズブに濡らした雑巾で出来るだけゆ・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・ 先ほど私が考え込んでいた時に、雑役夫が掃除にはいって来た。母親は彦根へ行く汽車はまだかときいた。雑役夫は突然の問いにいくらかあわてながら、十一時九分、まだ一時間半ありますと答えた。しかし私の乗って行く臨時汽車は神戸の先まで行く。ことに・・・ 和辻哲郎 「停車場で感じたこと」
出典:青空文庫