・・・その村の年よりたち、牛や馬、犬、子供たち、ばかの乞食、気味のわるい半分乞食のようなばあさん、それらの人々の生活は、山々の眺望や雑木林の中に生えるきのことともに、繭が鍋の中で煮えている匂いとともにわたしの少女時代の感覚の中に活々と存在していた・・・ 宮本百合子 「作者の言葉(『貧しき人々の群』)」
・・・ 後年渡辺治衛門というあかじや銀行のもち主がそこを買いしめて、情趣もない渡辺町という名をつけ、分譲地にしたあたり一帯は道灌山つづきで、大きい斜面に雑木林があり、トロッコがころがったりしている原っぱは広大な佐竹ケ原であった。原っぱをめぐっ・・・ 宮本百合子 「田端の汽車そのほか」
・・・ 野飼いの駒 那須野が原のほおけた雑木林の中をしずしずと歩む野飼の駒を見た。 黒い毛並みをしとしと小雨がうるおして背は冷たく輝いて大きな眼には力強さと自由が満ちて居る。いかにものんきらしい若やいだ様子だ。 枯・・・ 宮本百合子 「旅へ出て」
旧佐倉街道を横に切れると習志野に連る一帯の大雑木林だ。赤土の開墾道を多勢の男連が出てシャベルやスコップで道路工事をやっている。×村から野菜を○○へ運び出すのに、道はここ一つだ。それを軍馬が壊すので、村民がしなければならない・・・ 宮本百合子 「飛行機の下の村」
・・・武蔵野の雑木林のなかに建てられている研究所は自然の深い静寂にかこまれていて、実験室の中には微かにガスの燃える音がしていた。一隅の凹んだところで、何かの薬物が煮られているのであった。 ドアに近い実験用テーブルの端に、小さい電気コンロがのっ・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・坂の上は草原で、左手に雑木林があった。その奥に池があった。池は凄く、みのえ一人で近よれない。みのえはだらだらと下った草原の斜面に腰を卸した。 百舌鳥が鳴いていた。空にある白い雲が近くに感じられた。みのえの体のまわりにある草の中に、黒い実・・・ 宮本百合子 「未開な風景」
・・・ 厨子王は雑木林の中に立ってあたりを見廻した。しかし柴はどうして苅るものかと、しばらくは手を着けかねて、朝日に霜の融けかかる、茵のような落ち葉の上に、ぼんやりすわって時を過した。ようよう気を取り直して、一枝二枝苅るうちに、厨子王は指を傷・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
出典:青空文庫