・・・と、善吉を見つめた時、平田のことがいろいろな方から電光のごとく心に閃めいた。吉里は全身がぶるッと顫えて、自分にもわからないような気がした。 善吉はただ夢の中をたどッている。ただ吉里の顔を見つめているのみであッたが、やがて涙は頬を流れて、・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・それがあの時わたくしの胸に電光のように徹しました。自分の弱点を恥じる心が、嫌われるだろうと思う疑懼に交って、とうとうわたくしをあの場から逃げさせてしまいました。わたくしは自分の恐ろしい運命を避けよう、どうしてもあなたにお目に掛かるまいと決心・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・この的この成就は暗の中に電光の閃くような光と薫とを持っているように、僕には思われたのだ。君はそれを傍から見て後で僕に打明てこう云った。あいつの疲れたような渋いような威厳が気に入った。あの若さで世の偽に欺かれたのを悔いたような処のあるのを面白・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・ところが短い夏の夜はもう明けるらしかったのです。電光の合間に、東の雲の海のはてがぼんやり黄ばんでいるのでした。 ところがそれは月が出るのでした。大きな黄いろな月がしずかにのぼってくるのでした。そして雲が青く光るときは変に白っぽく見え、桃・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
・・・ 博士は最後に大咆哮を一つやって電光のように自分の席に戻りそこから横目でじっと式場を見まわしました。拍手が起りましたが同時に大笑いも起りました。というのは私たちは式場の神聖を乱すまいと思ってできるだけこらえていたのでしたがあんまり博士の・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・ たなびく赤旗が強烈な夜の逆電光をうけとるといかに感動的な効果をもたらすか。昔の首斬台は一九三〇年のメーデーの夜そういう忘られぬ赤旗の美しさと労働者の力づよい群像で飾られている。ラジオ拡声機の大ラッパは広場じゅうへ活溌な行進曲を弾き出し・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・凄じい風に押されて、彼方に一団此方に一団とかたまった電光を含む叢雲が、揺れ動き崩れかかる、その隙間にちらり、ちらりヴィンダーブラの大三叉を握った姿、ミーダの鞭を振る姿、カラがおどろにふり乱した髪を吹きなびかせて怒号する姿、黒い影絵のように見・・・ 宮本百合子 「対話」
・・・と叫んで、前髪の七之丞が電光のごとくに飛んで出て、又七郎の太股をついた。入懇の弥五兵衛に深手を負わせて、覚えず気が弛んでいたので、手錬の又七郎も少年の手にかかったのである。又七郎は槍を棄ててその場に倒れた。 数馬は門内に入って人数を屋敷・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・やがて乳房の山は電光の照明に応じて空間に絢爛な線を引き垂れ、重々しい重量を示しながら崩れた砲塔のように影像を蓄えてのめり出した。 彼は夜になると家を出た。掃溜のような窪んだ表の街も夜になると祭りのように輝いた。その低い屋根の下には露店が・・・ 横光利一 「街の底」
・・・そして電光のように時おり苦患を中断する歓喜の瞬間をば、成長の一里塚として全力をもってつかまねばならぬ。 苦患のゆえに生を呪うものは滅べ。生きるために苦患を呪うものは腐れ。二 ショペンハウェルの哲学は苦患の生より生い出る絶・・・ 和辻哲郎 「ベエトォフェンの面」
出典:青空文庫