・・・…… 姉は三人の子供たちと一しょに露地の奥のバラックに避難していた。褐色の紙を貼ったバラックの中は外よりも寒いくらいだった。僕等は火鉢に手をかざしながら、いろいろのことを話し合った。体の逞しい姉の夫は人一倍痩せ細った僕を本能的に軽蔑して・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・し、やけに女房が産気づいたと言えないこともないものを、臨機縦横の気働きのない学芸だから、中座の申訳に困り、熱燗に舌をやきつつ、飲む酒も、ぐッぐと咽喉へ支えさしていたのが、いちどきに、赫となって、その横路地から、七彩の電燈の火山のごとき銀座の・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・……両親がまだ達者で、爺さん、媼さんがあった、その媼さんが、刎橋を渡り、露地を抜けて、食べものを運ぶ例で、門へは一廻り面倒だと、裏の垣根から、「伊作、伊作」――店の都合で夜のふける事がある……「伊作、伊作」――いやしくも廓の寮の俳家である。・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・表飾りの景気から推せば、場内の広さも、一軒隣のアラビヤ式と銘打った競馬ぐらいはあろうと思うのに、筵囲いの廂合の路地へ入ったように狭くるしく薄暗い。 正面を逆に、背後向きに見物を立たせる寸法、舞台、というのが、新筵二三枚。 前に青竹の・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・ ――家、いやその長屋は、妻恋坂下――明神の崖うらの穴路地で、二階に一室の古屋だったが、物干ばかりが新しく突立っていたという。―― これを聞いて、かねて、知っていたせいであろう。おかしな事には、いま私たちが寄凭るばかりにしている、こ・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・へは行かず、すぐ坂を降りましたが、その降りて行く道は、灯明の灯が道から見える寺があったり、そしてその寺の白壁があったり、曲り角の間から生国魂神社の北門が見えたり、入口に地蔵を祠っている路地があったり、金灯籠を売る店があったり、稲荷を祠る時の・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・「流血の検挙をよそに闇煙草は依然梅田新道にその涼しい顔をそろへてをり、昨日もまた今日もあの路地を、この街角で演じられた検挙の乱闘を怖れる気色もなく、ピースやコロナが飛ぶやうに売れて行く。地元曾根崎署の取締りを嘲笑するやうに、今日もま・・・ 織田作之助 「大阪の憂鬱」
・・・雁治郎横丁は千日前歌舞伎座横の食物路地であるが、そこにもまた忘れられたようなしもた家があって、二階の天井が低く、格子が暑くるしく掛っているのである。そしてまた二つ井戸の岩おこし屋の二階にも鉄の格子があって、そこで年期奉公の丁稚が前こごみにな・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・が、丹造は苦笑もせず、そして、だんだん訊くと、二、三、四、六、七の日が灸の日で、この日は無量寺の紋日だっせ、なんし、ここの灸と来たら……途端に想いだしたのは、当時丹造が住んでいた高津四番丁の飴屋の路地のはいり口に、ひっそりひとり二階借りして・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・ともかくも路地をたどって通りへ出た。亭主は雨がやんでから行きなと言ったが、どこへ行く? 文公は路地口の軒下に身を寄せて往来の上下を見た。幌人車が威勢よく駆けている。店々のともし火が道に映っている。一二丁先の大通りを電車が通る。さて文公はどこ・・・ 国木田独歩 「窮死」
出典:青空文庫