・・・見っともないだけならまだしもだが、何だか破戒僧のような面相になってしまうのである。この弱点を救うには、髪の毛を耳のあたりまで房々と垂れるより仕方がない。そう思案した私は、実をいえば中学生の頃から髪の毛を伸ばしたかったのである。 しかし中・・・ 織田作之助 「髪」
・・・それがしは、今日今宵この刻まで、人並、いやせめては月並みの、面相をもった顔で、白昼の往来を、大手振って歩いて来たが、想えば、げすの口の端にも掛るアバタ面! 楓どの。今のあの言葉をお聴きやったか」「いいえ、聴きませぬ。そのような、げす共の・・・ 織田作之助 「猿飛佐助」
・・・『どうしても阿兄の子だ、面相のよく似ているばかりか、今の声は阿兄にそっくりだ』となおも少年の横顔を見ていたが、画だ、まるで画であった! この二人のさまは。 川柳は日の光にその長い青葉をきらめかして、風のそよぐごとに黒い影と入り乱れている・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・しかし自然科学界の化け物の数には限りがなくおのおのの化け物の面相にも際限がない。正体と見たは枯れ柳であってみたり、枯れ柳と思ったのが化け物であったりするのである。この化け物と科学者の戦いはおそらく永遠に続くであろう。そうして・・・ 寺田寅彦 「化け物の進化」
・・・ふだんその人は真面目に勉強しているのだが、或る理由からお金がちっともとれず、一緒に暮している女のひとと生活する必要のためには、夜、餉台の上まで低く電燈を引っぱり下してその下で、細かい細かい面相で芥子粒位のものを描く仕事をしなければならない。・・・ 宮本百合子 「百銭」
・・・ 私はわきの筆立にみっともない形をして立って居た面相をとって歯の間でそのこじれてかたまった穂をかんだ。恨んで居る様なゾリゾリと云う不愉快な音はあてつける様にほそい毛の間から起った。 玩具のふくろうを間ぬけな目つきをしてポッポーと吹き・・・ 宮本百合子 「芽生」
・・・その豊満な肢体や、西方人を連想させる面相や、それらを取り扱う場合の感覚的な興味などは、推古仏にはほとんどないものと言ってよい。推古仏の特徴は肢体がほっそりした印象を与えること、顔も細面であること、それらを取り扱う場合に意味ある形を作り出すこ・・・ 和辻哲郎 「麦積山塑像の示唆するもの」
出典:青空文庫