・・・「大慈大悲は仏菩薩にこそおわすれ、この年老いた気の弱りに、毎度御意見は申すなれども、姫神、任侠の御気風ましまし、ともあれ、先んじて、お袖に縋ったものの願い事を、お聞届けの模様がある。一たび取次いでおましょうぞ――えいとな。…… や、・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・ 昼過ぎになると、担当の看守が「明日の願い事」と云って、廻わってくる。キャラメル一つ。林檎 十銭。差入本の「下附願」。書信 封緘葉書二枚。着物の宅下げ願。 運動は一日一度――二十分。入浴は一週二度、理髪は一週・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・と 云うも叶わぬ願い事…… ホロホロと涙は雪のその様に 白い真綿にしみて行く かけ入ろうにも門はなし たのみたいにもつてはなし 縫いあげし衣手にもちて 残されし姉さ迷よえる ・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・ 菊太は願い事が有って来たのであった。 新米の収獲が始ると、菊太は来るものにきまって居ると祖母達は云って居る。毎年毎年欠かさず、袷時分になると一二里あるはなれた村からここの家まで来るのであった。 いかにも貧乏し・・・ 宮本百合子 「農村」
出典:青空文庫