・・・されど今は貴嬢がわれにかく願いたもう時は過ぎ去りてわれ貴嬢に願うの時となりしをいかにせん。昨年の春より今年の春まで一年と三月の間、われは貴嬢が乞わるるままにわが友宮本二郎が上を誌せし手紙十二通を送りたり、十二通に対する君が十五通の礼状を数え・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・そのもの案じがおなる蒼き色、この夜は頬のあたりすこし赤らみておりおりいずこともなくみつむるまなざし、霧に包まれしある物を定かに視んと願うがごとし。 霧のうちには一人の翁立ちたり。 教師は筆おきて読みかえしぬ。読みかえして目を閉じたり・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・美しい娘を思うことによって、高貴なたましいになりたいと願うこころがますます刺激されるような恋愛をせよ。 音楽会に行って、美しい令嬢のピアノを弾いた知性と魅力のある姿を見た。あるいは席にこぼれ、廊下を歩く娘たちの活々とした、しかし礼儀ある・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・自分は正法を願うて爵録を慕はない。いづくんぞ、仏勅を以て爵録に換へんや」 かくいい放って誘惑を一蹴した。時宗が嘆じて「ああ日蓮は真に大丈夫である。自ら仏使と称するも宜なる哉」とついに文永十一年五月宗門弘通許可状を下し、日蓮をもって、「後・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・で、「それならばこの新鼎は自分に御譲りを願う、真品と共に秘蔵して永く副品としますから」というので、四十金を贈ったということである。無論丹泉はその後また同じ品を造りはしなかったのであろう。 この談だけでもかなり骨董好きは教えられるところが・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・それがしも共に願うて遣わす、斯くの通り。」と、小山を倒すが如くに大きなる身を如何にも礼儀正しく木沢の前に伏せれば、丹下も改めて、「それがしが申したる旨御用い下さるよう、何卒、御願い申しまする木沢殿。」という。猶未だ頭を上げなかっ・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・そうで無ければ、自分は交際を願うわけに行かない。「私は無学で、下手な作家」だと言われると、言われた自分のほうで、自分に不潔を感じてやりきれなくなります。自分だって、大きい顔をでらでら油光りさせて酒を飲んでいる事があります。君の手紙に不潔を感・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・何はしかれ、御手紙をうれしく拝見したことをもう一度申し上げて万事は御察し願うと共に貴下をして、小生を目してきらいではない程のことでは済まされぬ、本当に好きだといって貰うように心掛けることにいたします。吉田さんへも宜しく御伝え下され度、小生と・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・三 アインシュタインの人生観は吾々の知りたいと願うところである。しかし彼自身の筆によらない限りその一斑をも窺う事はおそらく不可能な事に相違ない。彼の会話の断片を基にしたジャーナリストの評論や、またそれの下手な受売りにどれだけ・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・お寺へ金を納めて後生を願うのでもそうであり、泥棒の親分が子分を遊ばせて食わせているのでもそうである。それが善い悪いは別としてこの世の事実なのである。 さるのような人もありかにのような人もあるというのも事実であって、それはこの世界にさるが・・・ 寺田寅彦 「さるかに合戦と桃太郎」
出典:青空文庫