・・・恐らく之は欧洲大陸に類例なき日本の文壇の特有の現象であろう。文人としての今日の欲望は文人同志の本家争いや功名争いでなくて、今猶お文学を理解せざる世間の群集をして文人の権威を認めしむるのが一大事であろう。 二十五年前と比べたら今日の文人は・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・ライプニッツが同一の木の葉は一枚もないといったように、個性的なものはそれぞれ独自なもので、他に類例を許さない。自然科学では法則を求めるのが目的だから個性的ということは問題でない。熱鉛を水中に滴下すれば、さまざまの奇形を生ずる。しかし一つ一つ・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・今でこそ別に不思議でもないのでありますが、彼の頃でああいうものは実に類例のないものであったのであります。勿論西洋のものもそろそろ入って来ては居りましたのですが、リットンものや何ぞが多く輸入されていたような訳で、而して其が漢文訳読体の文になっ・・・ 幸田露伴 「言語体の文章と浮雲」
・・・ これはひとり馬琴に限って論ずる訳ではありませんが、すべて仮作物語の作者と実社会との関係を観察しますと、極端に異なった類例が二種あるのであります。一つはその仮作物語と実社会と並行線なのであります。他の一つはその仮作物語と実社会と直角的に・・・ 幸田露伴 「馬琴の小説とその当時の実社会」
・・・彼自身も後者の類例をある程度まで承認している。「琥珀の中の蝿」などと自分で云っているが、単なるボスウェリズムでない事は明らかに認められる。 時々アインシュタインに会って雑談をする機会があるので、その時々の談片を題目とし、それの注釈や祖述・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・実用方面でも幾多の類例がある。ガリレーの空気寒暖計は発明後間もなく棄てられたが、今日の標準はまた昔のガス寒暖計に逆戻りした。シーメンスが提出した白金抵抗寒暖計はいったん放棄されて、二十年後にカレンダー、グリフィスの手によって復活した。このよ・・・ 寺田寅彦 「科学上の骨董趣味と温故知新」
旧臘押し詰まっての白木屋の火事は日本の火災史にちょっと類例のない新記録を残した。犠牲は大きかったがこの災厄が東京市民に与えた教訓もまたはなはだ貴重なものである。しかしせっかくの教訓も肝心な市民の耳に入らず、また心にしみなけ・・・ 寺田寅彦 「火事教育」
・・・これは学者としてほとんど類例のないことだという。これも同君の業績が如何に優れたものであったかを証明するものであろう。これ以外にも学界その他から得た栄誉の表章は色々あるがここには述べ悉し難い。 末広君の学術方面の業績は多数にあって到底ここ・・・ 寺田寅彦 「工学博士末広恭二君」
・・・すると家族の一人は次のような類例を持ち出してさらに空談に花を咲かせた。 この間子供等大勢で電車に乗った時に回数切符を出して六枚とか七枚とかに鋏を入れさせた。そして下車する時にうっかり間違えて鋏を入れないのを二、三枚交ぜて切って渡したらし・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ 智恵の遊戯とも見られるウィティシズムの類例もいくつかある。第八十六、第百六、第百三十五などがそれであるが、これらにも多少の俳諧がある。 子供の時から僧になった人とちがって、北面武士から出発し、数奇の実生活を経て後に頭を丸めた坊主ら・・・ 寺田寅彦 「徒然草の鑑賞」
出典:青空文庫