・・・此のような目に遇って居る僕がブランデイの隠飲みをやるのは、果て無理でしょうか。 今や僕の力は全く悪運の鬼に挫がれて了いました。自殺の力もなく、自滅を待つほどの意久地のないものと成り果て居るのです。 如何でしょう、以上ザッと話しました・・・ 国木田独歩 「運命論者」
・・・家から、手紙に札を巻きこんで送られて、金が手に這入ると、酒を飲み、女を買いに行く。明日の生命も分らないということが常に心にあって、今日のうちに出来るだけ快楽をむさぼっておかないと損だ、というような気持になるのだ。 街へ出ると、露西亜人が・・・ 黒島伝治 「戦争について」
・・・酒の好きな人は潮間などは酒を飲みながらも釣る。多く夏の釣でありますから、泡盛だとか、柳蔭などというものが喜ばれたもので、置水屋ほど大きいものではありませんが上下箱というのに茶器酒器、食器も具えられ、ちょっとした下物、そんなものも仕込まれてあ・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・すると、直ぐ家へやって来てこんなに大衆的にやられている時に、遺族のものたちをバラ/\にして置いては悪いと云うので、即刻何処かの家を借りて、皆が集まり、お茶でも飲みながらお互いに元気をつけ合ったり、親密な気持を取り交わしたり、これからの連絡や・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・交際も広く、金廻りもよく、おまけに人並すぐれて唄う声のすずしい旦那は次第に茶屋酒を飲み慣れて、土地の芸者と関係するようになった。旦那が自分の知らない子の父となったと聞いた時は、おげんは復たかと思った。その時もおげんは家を出る決心までして、東・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・そして、すきとおった、きれいな水をすくって飲みました。それから、食べあましたかたいパンの皮は、小さくくだいて、あたりへふりまいておきました。そうしておけば、小鳥が来て食べます。これはお母さんからおそわったことでした。 男の子はふたたびど・・・ 鈴木三重吉 「岡の家」
・・・乙、半ば飲みさしたる麦酒の小瓶を前に置き、絵入雑誌を読みいる。後対話の間に、他の雑誌と取り替うることあり。甲。アメリイさん。今晩は。クリスマスの晩だのに、そんな風に一人で坐っているところを見ると、まるで男の独者のようね。・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:森鴎外 「一人舞台」
・・・「私もですよ、どこかで水を飲みましょうね」 で二人は家ごとをおとずれてみましたが、いずれもしめてありました。子どもはこの上歩く事はできません、足はつかれてびっこをひいていました。おかあさんはむすめの美しいからだが横に曲がったのを見る・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・ビイルを、がぶ、がぶ、飲みました。もともと博士は、お酒には、あまり強いほうでは、ございません。たちまち酩酊いたしました。辻占売の女の子が、ビヤホールにはいって来ました。博士は、これ、これ、と小さい声で、やさしく呼んで、おまえ、としはいくつだ・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・最も卑近な例をあげると、スクリーンの上にコーヒーを飲む場面が映写されるのを見て急に自分もコーヒーが飲みたくなるような場合もあるであろう。 それとほぼ同じようなわけで、もはや青春の活気の源泉の枯渇しかけた老年者が、映画の銀幕の上に活動する・・・ 寺田寅彦 「映画と生理」
出典:青空文庫