・・・僕に当時新らしかった果物や飲料を教えたのは悉く僕の父である。バナナ、アイスクリイム、パイナアップル、ラム酒、――まだその外にもあったかも知れない。僕は当時新宿にあった牧場の外の槲の葉かげにラム酒を飲んだことを覚えている。ラム酒は非常にアルコ・・・ 芥川竜之介 「点鬼簿」
・・・さりまわって、欧洲戦争が始まってから、めっきり少くなった独逸書を一二冊手に入れた揚句、動くともなく動いている晩秋の冷い空気を、外套の襟に防ぎながら、ふと中西屋の前を通りかかると、なぜか賑な人声と、暖い飲料とが急に恋しくなったので、そこにあっ・・・ 芥川竜之介 「毛利先生」
・・・かりにもし、ドイツ人は飲料水の代りに麦酒を飲むそうだから我々もそうしようというようなこと……とまではむろんいくまいが、些少でもそれに類したことがあっては諸君の不名誉ではあるまいか。もっと卒直にいえば、諸君は諸君の詩に関する知識の日に日に進む・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・山の方から来る荒い冷い性質の水だ。飲料には用いられないが、砂でも流れない時は顔を洗うに好い。そこにも高瀬は生のままの刺激を見つけた。この粗末ながらも新しい住居で、高瀬は婚約のあった人を迎える仕度をした。月の末に、彼は結婚した。 長く・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・二日の午後三時に政府は臨時震災救護事務局というものを組織し、さしあたり九百五十万円の救護資金を支出して、り災者へ食糧、飲料水をくばり、傷病者の手あて以下、交通、通信、衛生、防備、警備の手くばりをつけました。同日午後五時に、山本伯の内閣が出来・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・どういうわけか、その瞬間に、これは何か新しい清涼飲料の広告であろうという気がした。しかしその次の瞬間に電車は進んで、私は丸の内「時事新報」社の前を通っている私を発見したのであった。 宅に近い盛り場にあるある店の看板は、人がよく「ボンラク・・・ 寺田寅彦 「錯覚数題」
・・・向うへ着いたときに一同はコップに入れた黄色い飲料を振舞われた。それは強い薬臭い匂と甘い味をもった珍しい飲料であった。要するにそれは一種の甘い水薬であったのである。もっともI君の家は医家であったので、炎天の長途を歩いて来たわれわれ子供たちのた・・・ 寺田寅彦 「さまよえるユダヤ人の手記より」
・・・夏のある日の午後、いつものようにそこへ英語を教わりに行った時に、自分には初めての珍しい飲料を飲まされた。コップに一杯の砂糖水をつくって、その上に小さな罎に入った茶褐色の薬液の一滴を垂らすと、それがぱっと拡がって水は乳色に変わった。飲んでみる・・・ 寺田寅彦 「重兵衛さんの一家」
・・・菓汁の飲料を売る水屋の小僧もあき罐をたたいて踊りながら客を呼ぶ。 船へ帰るとやっぱり宅へ帰ったような気がする。夕飯には小羊の乗った復活祭のお菓子が出る。夜は荷積みで騒がしい。四月十二日 朝から汗が流れる。桟橋にはいろいろの物売り・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・五十句拾った中で食物飲料関係のものが十一句、すなわち全体の二十二プロセントを占めている。こういうのを前記の観念群と同一視してよいか悪いかは少し疑わしいがともかくもおもしろい例である。史邦の場合には「薬」も入れて飲食物と見るべきものが三十八分・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
出典:青空文庫