・・・夢のような黒い瞳をあげてじっと東の高原を見た。楢ノ木大学士がもっとよく四人を見ようと起き上ったら俄かにラクシャン第一子が雷のように怒鳴り出した。「何をぐずぐずしてるんだ。潰してしまえ。灼いてしまえ。こなごなに砕い・・・ 宮沢賢治 「楢ノ木大学士の野宿」
・・・諒安はうしろの方のうつくしい黄金の草の高原を見ながら云いました。その人は笑いました。「ええ、平らです、けれどもここの平らかさはけわしさに対する平らさです。ほんとうの平らさではありません。」「そうです。それは私がけわしい山谷を渡ったか・・・ 宮沢賢治 「マグノリアの木」
・・・去年、重治さん夫婦は富士見の高原へゆき、健坊たちは千葉の海岸へ行ったが、今年はどこもまだ釘づけです。資金思わしからずでね。 島田へは椅子をお送り申しました。お気に入って東京からよこしたといってはお見せになっている由。私も大変うれしい。そ・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
枯草のひしめき合うこの高原に次第次第に落ちかかる大火輪のとどろきはまことにおかすべからざるみ力と威厳をもって居る。 燃えにもえ輝きに輝いた大火輪はその威と美とに世のすべてのものをおおいながらしずしずと凱歌を奏しながらこ・・・ 宮本百合子 「小鳥の如き我は」
・・・ 乳しぼりの男 高原的な眼の輝きとかなり長い髪と白い手を持って居る男だ。 白い牝牛のわきに腰を下ろして乳をしぼって居る。 ふせたまつ毛は珍らしく長くソーッと富(かな乳房を揉んで前にある馬けつにそれをためた。・・・ 宮本百合子 「旅へ出て」
・・・ 息をはずませながら私は叔父の袂を引っぱって一足一足と踏みしめて、漸う最後の一歩を登り切ると、其処にはひろびろと拡がった高原が双手を延ばして私共を引きあげて居た。 私は生れてから此那にも草の一杯生えた、こんなにも人の居ない林のある処・・・ 宮本百合子 「追憶」
荒漠たる原野――殊に白雪におおわれて無声の呪われた様な高原に次第次第に迫って来る夜はまことに恐ろしいほど厳然とした態度をもって居る。 灰色と白色との合するところに細く立木が並んで居るほか植物は影さえもなく町に通わなけれ・・・ 宮本百合子 「どんづまり」
・・・北方の春は短かく一時に夏景色になるわけなのに、この高原では、すべて徐々に、すべて反覆しつつ、追々夏になって来る。東京で桜が散った後は、もう一雨で初夏の香が街頭に満つが、ここでは、こうやって今日一日降りくらす、明日晴れる、翌日は又雨で、次の日・・・ 宮本百合子 「夏遠き山」
・・・午前二時三時となり、段々信州の高原にさしかかると、停車する駅々の雰囲気が一つ毎に、緊張の度を増して来た。在郷軍人、消防夫、警官などの姿がちらつき手に手に提灯をかざして、警備している。福井を出発する時、前日頃、軽井沢で汽車爆破を企た暴徒が数十・・・ 宮本百合子 「私の覚え書」
・・・いずれにしても、高山とか高原とかでなくては見られないような美しい紅葉が、大都会の中で見られるのである。 紅葉は大体十一月一杯には散ってしまう。楓の樹が数十本もあると、その下に一、二寸に積もっているもみじの落葉を掃除するのはなかなかの骨折・・・ 和辻哲郎 「京の四季」
出典:青空文庫