・・・奥に松山を控えているだけこの港の繁盛は格別で、分けても朝は魚市が立つので魚市場の近傍の雑踏は非常なものであった。大空は名残なく晴れて朝日麗かに輝き、光る物には反射を与え、色あるものには光を添えて雑踏の光景をさらに殷々しくしていた。叫ぶもの呼・・・ 国木田独歩 「忘れえぬ人々」
・・・自分で魚市場から買って来た魚をそのまま鱗も落さずわたも抜かずに鉄網で焼いてがむしゃらに貪り食っていた。その豪傑振りをニヤニヤ笑っていたのは当時張良をもって自ら任じていたKであった。自分の眼にもこの人の無頓着ぶりが何となく本物でないように思わ・・・ 寺田寅彦 「海水浴」
・・・彼の生れ、そして育ったニージュニ・ノヴゴロドの街や、ヴォルガと流れ合っているオカ河の長い木橋、その時分でもまだアンペラ草鞋を履いて群れている船人足の姿、波止場近くの小さい教会が、丸い赤い屋根をそのまま魚市場に使われていて、重々しく肩幅の広い・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイによって描かれた婦人」
出典:青空文庫