・・・ あの短歌を作るということは、いうまでもなく叙上の心持と齟齬している。 しかしそれにはまたそれ相応の理由があった。私は小説を書きたかった。否、書くつもりであった。また実際書いてもみた。そうしてついに書けなかった。その時、ちょうど夫婦喧嘩・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・王子と、ラプンツェルの場合も、たしかに、その懐姙、出産を要因として、二人の間の愛情が齟齬を来した。たしかに、それは神の試みであったのである。けれども王子の、無邪気な懸命の祈りは、神のあわれみ給うところとなり、ラプンツェルは、肉感を洗い去った・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・換言すれば人間の心に関する知識の科学的系統化とその応用が進んでいないために起こる齟齬の結果ではないかとも考えられるのである。 そういう系統化への資料を供するのが未来の文学の使命ではないかと思うのである。 通俗科学と文学・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・この前提が実用上無謀ならざる事は数回同じ実験を繰返す時は自ずから明らかなるべきも、とにかくここに予言者と被予言者との期待に一種の齟齬あるを認め得べし。 次には近似の意義に関する意見の齟齬が問題となる。学者が第一次近似をもって甘んずる時、・・・ 寺田寅彦 「自然現象の予報」
・・・簡単な実験でも何遍も繰返すうちには四囲の状況は種々に変化するから、結果に多少の異同や齟齬を来すのは常の事である。このような場合における教員の措置如何は生徒の科学的精神の死活に関するような影響を有するものと思う。この場合に結果を都合のよいよう・・・ 寺田寅彦 「物理学実験の教授について」
・・・甲の場合に試験した結果と乙の結果と全然齟齬したりするのは畢竟このためである。これはあまりに明白な平凡な事ではあるが、全く新しい方面に物理学を応用しようとする場合には特に重要でありながら、往々閑却される事かと思われる。 実際的の問題は往々・・・ 寺田寅彦 「物理学の応用について」
・・・近似的の方則をどこまでも適用せんとして失敗し、「理論と実際の齟齬」という標語を真向にかざして学者を毛嫌いする世人の少なくないのは、これらの方則の近似的な事を忘れているためである場合もある。それは別問題として、厳密な意味において普遍的な正確な・・・ 寺田寅彦 「方則について」
・・・しかし物を言っている顔の大写しなどの場合には、この耳と目との空間知覚の齟齬が多少は起こるかもしれない。これは少し詳しく実験してみるとおもしろいと思う。 またたとえば映画の中で一人の男が暗殺者のために思いがけなく射殺されるところがあるとす・・・ 寺田寅彦 「耳と目」
・・・できあがったものは形式上普通の詩や小説と全く同じであるから読むほうではそういうつもりで読み、またそういうものとしての論理や性格やの統一を要求しているのに、内容にはどうしてもどこかに分裂があり齟齬があるのを免れ難いからである。連句の場合ではこ・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・教育の目的、齟齬したるものというべし。 日本の教育がなにゆえにかくも齟齬したるやと尋ぬるに、教育さえ行きとどけば、文明の進歩、一切万事、意の如くならざるはなしと信じて、かえってその教育を人間世界に用うるの工風を忘れたるの罪なりと答えざる・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾学生諸氏に告ぐ」
出典:青空文庫