・・・ すると、クリストは、静に頭をあげて、叱るようにヨセフを見た。彼が死んだ兄に似ていると思った眼で、厳にじっと見たのである。「行けと云うなら、行かぬでもないが、その代り、その方はわしの帰るまで、待って居れよ。」――クリストの眼を見ると共に・・・ 芥川竜之介 「さまよえる猶太人」
・・・白は二三間追いかけた後、くるりと子犬を振り返ると、叱るようにこう声をかけました。「さあ、おれと一しょに来い。お前の家まで送ってやるから。」 白は元来た木々の間へ、まっしぐらにまた駈けこみました。茶色の子犬も嬉しそうに、ベンチをくぐり・・・ 芥川竜之介 「白」
・・・陣痛が起る度毎に産婆は叱るように産婦を励まして、一分も早く産を終らせようとした。然し暫くの苦痛の後に、産婦はすぐ又深い眠りに落ちてしまった。鼾さえかいて安々と何事も忘れたように見えた。産婆も、後から駈けつけてくれた医者も、顔を見合わして吐息・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・ と叱るようにいって、開いたまま、その薄色の扇子で、木魚を伏せた。 極りも悪いし、叱られたわんぱくが、ふてたように、わざとらしく祝していった。「上へのっけられたより、扇で木魚を伏せた方が、女が勝ったようで嬉しいよ。」「勝つも・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・生意気にもかかわらず、親雀がスーッと来て叱るような顔をすると、喧嘩の嘴も、生意気な羽も、忽ちぐにゃぐにゃになって、チイチイ、赤坊声で甘ったれて、餌を頂戴と、口を張開いて胸毛をふわふわとして待構える。チチッ、チチッ、一人でお食べなと言っても肯・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・自分が子供を叱る時には妻は一切口を出さぬ事にしている。」とか云って、博士はそれを継母の罪でないように云っている。しかし、子供の教育は必ずしも母親自身の学問の程度に関るものではない。それに学問がないから虐めることが出来ないなどというのは、如何・・・ 小川未明 「愛に就ての問題」
・・・ある学科が不出来だからといって、必ずしもやかましく子供を叱るに当らない。子供は、自分の好きな学科を修得し、それによって伸びる決意を有しています。しかるに、その子供に人生の希望と高貴な感激を与えて、真に愛育することを忘れて、つまらぬ虚栄心のた・・・ 小川未明 「お母さんは僕達の太陽」
・・・と言ったきりで、お婆さんも、いつも私がFを叱るたびに出てきてはとめてくれるのだが、今度は引とめなかった。私たちの生活のことを知り抜いている和尚さんたちには、こうした結末の一度は来ることに平常から気がついているのだった。行李の中には私たち共用・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・と近藤が叱るように言った。「馬鹿? 馬鹿たア酷だ! 今から見れば大馬鹿サ、然しその時は全く豪かったよ」「矢張馬鹿サ、初から君なんかの柄にないんだ、北海道で馬鈴薯ばかり食うなんていう柄じゃアないんだ、それを知らないで三月も辛棒するなア・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・ いけない!」叱るように、かすれた幅のある声を出した。 武石は、突然、その懸命な声に、自分が悪いことをしているような感じを抱かせられ、窓から辷り落ちた。 コーリヤは、窓の方へ来かけて、途中、ふとあとかえりをして、扉をぴしゃっと閉めた・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
出典:青空文庫