出典:青空文庫
・・・「おや、あの机の脚の下にヴィクトリア月経帯の缶もころがっている。」「あれは細君の……さあ、女中のかも知れないよ。」 Sさんは、ちょっと苦笑して言った。「じゃこれだけは確実だね。――この別荘の主人は肺病になって、それから園芸を・・・ 芥川竜之介 「悠々荘」
・・・二十世紀の初頭、イギリスでヴィクトリア女皇の治世時代、いわゆるヴィクトーリアンの風俗が、女らしさの点でどんなに窮屈滑稽、そして女にとって悲しいものであったかということは、沢山の小説が描き出しているばかりでなく、今日ヴィクトーリアンという言葉・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
・・・――ヴィクトリアの秋―― これは、半熱帯の永劫冬にならない晩秋だ。夕暮、サラサラした砂漠の砂は黄色い。鳥や獣の足跡も其上になく、地平線に、黒紫の孤立したテイブル・ランドの陰気な輪廓が見える。低い、影の蹲ったようないら草の彼方此方・・・ 宮本百合子 「翔び去る印象」
・・・――彼も、ヴィクトリア時代の考証癖を脱し切れず、自分がこれはどう感じ見るかと思うより先に、シェークスピアやホーマーの文句を思い出し、そのものを徹し、その描写にまとめて、自分の直観に頼らない、第二流文学者――否、芸術家的素質しか持たなかったか・・・ 宮本百合子 「無題(四)」
・・・ この裏から東端唯一の大公園ヴィクトリア公園がひろがっている。 公園には樹があった。 樹は青い。樹の下にベンチがあった。両肱の間へ頭を挾んでベンチへまるまって寝ている男がある。 パイプのない口をぼんやりつぼめて、爺が地べたを・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」