出典:青空文庫
・・・闇の中の湖水は、鉛のように凝然と動かず、一魚一介も、死滅してここには住まわぬ感じで、笠井さんは、わざと眼をそむけて湖水を見ないように努めるのだが、視野のどこかに、その荒涼悲惨が、ちゃんとはいっていて、のど笛かき切りたいような、グヮンと一発ピ・・・ 太宰治 「八十八夜」
・・・私、あのとき、凝然とした。わがダンディスム「ブルウタス、汝もまた。」 人間、この苦汁を嘗めぬものが、かつて、ひとりでも、あったろうか。おのれの最も信頼して居るものこそ、おのれの、生涯の重大の刹那に、必ず、おのれの面上に汚・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・耳にばかり手頼る彼等の癖として俯向き加減にして凝然とする。そうかと思うとランプを仰いで見る。死んだ網膜にも灯の光がほっかりと感ずるらしい。一人の瞽女が立ったと思うと一歩でぎっしり詰った聞手につかえる。瞽女はどこまでもあぶなげに両方の手を先へ・・・ 長塚節 「太十と其犬」