あしかが‐よしはる【足利義晴】
[1511〜1550]室町幕府第12代将軍。在職1522〜1547。義澄の子。細川高国に擁立され将軍となったが実権がなく、天文15年12月(1547年1月)、将軍職を子の義輝に譲った。
あしかが‐よしひさ【足利義尚】
[1465〜1489]室町幕府第9代将軍。在職1474〜1489。義政の子。母は日野富子。文明5年12月(1474年1月)将軍となる。叔父義視(よしみ)との継嗣争いが応仁の乱の一因となった。近江...
あしかが‐よしひで【足利義栄】
[1540〜1568]室町幕府第14代将軍。永禄11年(1568)三好氏に迎えられて将軍となったが、同年織田信長が義昭を立てて入京したので摂津に逃れ、病没。
あしかが‐よしまさ【足利義政】
[1436〜1490]室町幕府第8代将軍。在職1449〜1474。義教(よしのり)の子。初め弟義視(よしみ)を養子としたが、実子の義尚(よしひさ)が生まれるとこれを将軍にしようとして応仁の乱の一...
あしかが‐よしみ【足利義視】
[1439〜1491]室町中期の武将。義教の子。義政の弟。兄の養子となって将軍後継者に擬せられたが、義尚(よしひさ)が生まれてから継嗣争いが起こり、応仁の乱を誘発した。今出川殿。
あしかが‐よしもち【足利義持】
[1386〜1428]室町幕府第4代将軍。在職1395〜1423。義満の子。応永元年12月(1395年1月)9歳で将軍となる。父の死後、日明(にちみん)貿易を中止するなど独自の政策が目立った。
かんぜ‐もとしげ【観世元重】
[1398〜1467]室町前期の能役者。観世流3世(実は4世)。世阿弥の弟の子。法名、音阿弥(おんあみ)。足利義教・義政の保護をうけ、観世宗家として名声を得た。
きたばたけ‐みつまさ【北畠満雅】
[?〜1428]室町時代の武将。伊勢国司。南北朝合一後、大覚寺統に皇位が譲られないことを両統迭立の約束に反したとして、後亀山天皇の孫の小倉宮を奉じて挙兵するが、幕府軍に敗れて戦死。
じょせつ【如拙】
室町時代の画僧。相国寺の僧で周文の師と伝える。初期水墨画壇の中心人物の一人。代表作「瓢鮎(ひょうねん)図」。生没年未詳。
せん‐どうあん【千道安】
[1546〜1607]桃山時代の茶匠。初名は紹安。号は可休斎。利休の長男。利休とともに豊臣秀吉に仕えたが、利休死後、弟少庵がその後を継ぎ、不遇に終わったという。茶室・道具・茶事などに独自の工夫を...