・・・たゞ、それらの文学と深い関係のある、或る意味ではその先覚者と目される正岡子規の、日清戦争に従軍した際の句に、行かばわれ筆の花散る処までいくさかな、われもいでたつ花に剣秋風の韓山敵の影もなし 等があるばかりである。・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・そういう時は空と水が一緒にはならないけれども、空の明るさが海へ溶込むようになって、反射する気味が一つもないようになって来るから、水際が蒼茫と薄暗くて、ただ水際だということが分る位の話、それでも水の上は明るいものです。客はなんにも所在がないか・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・果実をむすばんがためには、花はよろこんで散るのである。その児の生育のためには、母はたのしんでその心血をしぼるのである。年少の者が、かくして自己のために死に抗するのも自然である。長じて、種のために生をかろんずるにいたるのも、自然である。これは・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・に依て行われる、豊富なる生殖は常に健全なる生活から出るのである、斯くて新陳代謝する、種保存の本能大に活動せるの時は、自己保存の本能は既に殆ど其職分を遂げて居る筈である、果実を結ばんが為めには花は喜んで散るのである、其児の生育の為めには母は楽・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・ればまだまだ心怯れて宝の山へ入りながらその手を空しくそっと引き退け酔うでもなく眠るでもなくただじゃらくらと更けるも知らぬ夜々の長坐敷つい出そびれて帰りしが山村の若旦那と言えば温和しい方よと小春が顔に花散る容子を御参なれやと大吉が例の額に睨ん・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・はかなげに咲き残った、何とかいう花に裾が触れて、花弁の白いのがはらはらと散る。庭は一面に裏枯れた芝生である。離れの中二階の横に松が一叢生えている。女松の大きいのが二本ある。その中に小さな水の溜りがある。すべてこの宅地を開く時に自然のままを残・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・机上のコップに投入れて置いた薔薇の大輪が、深夜、くだけるように、ばらりと落ち散る事がある。風のせいではない。おのずから散るのである。天地の溜息と共に散るのである。空を飛ぶ神の白絹の御衣のお裾に触れて散るのである。私は三井君を、神のよほどの寵・・・ 太宰治 「散華」
・・・暗い性質なのに、無理に明るく見せようとしているところも見える。しかし、なんといっても魅かれる女のひとだ。学校の先生なんてさせて置くの惜しい気がする。お教室では、まえほど人気が無くなったけれど、私は、私ひとりは、まえと同様に魅かれている。山中・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・おじさんの様に、いつもドテラ着て家に居る人間には、どうしても運動の明るさと、元気を必要としますから。きょうも、またおじさんを、うんと笑わせてあげます。これから書くことは、もっとおしまいに書くつもりでしたけれど、早くお知らせしたく我慢できなく・・・ 太宰治 「俗天使」
・・・ その葉は散るまで青いのだ。葉の裏だけがじりじり枯れて虫に食われているのだが、それをこっそりかくして置いて、散るまで青いふりをする。あの樹の名さえ判ったらねえ」「死ぬ? 死ぬのか君は?」ほんとうに死ぬかも知れないと小早川は思った・・・ 太宰治 「葉」
出典:青空文庫