・・・「ジョバンニさん。あなたはわかっているのでしょう。」 ジョバンニは勢よく立ちあがりましたが、立って見るともうはっきりとそれを答えることができないのでした。ザネリが前の席からふりかえって、ジョバンニを見てくすっとわらいました。ジョバン・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・「縦に皺の寄ったもんだけあな。」「そだら生ぎものだないがべ、やっぱり蕈などだべが。毒蕈だべ。」「うんにゃ。きのごだない。やっぱり生ぎものらし。」「そうが。生きもので皺うんと寄ってらば、年老りだな。」「うん年老りの番兵だ。・・・ 宮沢賢治 「鹿踊りのはじまり」
・・・すると式の時間を待ち兼ねたのは、あながち私たちだけではありませんでした。教会へ行く途中、あっちの小路からも、こっちの広場からも、三人四人ずついろいろな礼装をした人たちに、私たちは会いました。燕尾服もあれば厚い粗羅紗を着た農夫もあり、綬をかけ・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・せだけ高くてばかあなひのき。」ひなげしどもは、みんないっしょに云いました。「そして向うに居るのはな、もうみがきたて燃えたての銅づくりのいきものなんだ。」「いやあだ、お日さま、そんなあかがねなんかじゃないわ。せだけ高くてばかあなひのき・・・ 宮沢賢治 「ひのきとひなげし」
・・・「なんだか――俺やあな気がしたわ」 仙二が行って見た。翌朝、彼はぶっきら棒にいしに命じた。「飯炊くとき、おねばりとってやんな」 その次の日又重湯を運んでやり、歩けるようになる迄、粥をやるのがいしの任務であった。仙二は、苦笑し・・・ 宮本百合子 「秋の反射」
・・・すすむにつれて三鷹の組合の副委員長をしている石井万治という人は嫌疑をかけられている書記長の自宅を訪問し、他所へつれて行って饗応し、ノートをひらいて、緊急秘密指令三百十一号、三百十八号というものをみせ、あなたのことについては骨を折るという話を・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・そのことはアナトール・フランスやジイドの文学を見ただけでも明かである。デイトリッヒとボアイエとが演じた「沙漠の花園」はフランスのカソリック精神と人間の情熱とアフリカの沙漠とを結びつけた平凡な一つの作品であった。ラテン文化はアフリカを植民地化・・・ 宮本百合子 「イタリー芸術に在る一つの問題」
・・・「朝っぱらから口争いはしていたのよ、おれも聞いていたから、すると、いきなりさっきおきみっ子が逃げて来て、吉さが殺すからかくまってくれっていうじゃないか、おれあなじょにしようと思ってね、本当に。追かけて来てこっちまで斬られたりしたならつま・・・ 宮本百合子 「田舎風なヒューモレスク」
・・・ミスが、面白い変化物語と、アナトール・フランス風の話をした。変化物語、なかなか日本の土俗史的考証が細かで、一寸秋成じみた着想もあり、面白かった。 九時過Nさんと自動車で、自分林町へ廻る。離れにKと寝る。いろいろ話し、若い男がひとの妻君に・・・ 宮本百合子 「狐の姐さん」
・・・は、そういう意味で芸術の世界を作品のなかに持っていない。アナトール・フランスの言葉が引用されたり、愛とか、よき生活への理想とかが文句として存在してはいるけれども、なまのままの現実生活と、そこから創造されるものとしての芸術としてのリアリティー・・・ 宮本百合子 「「結婚の生態」」
出典:青空文庫