・・・「うんおれは俵を編む、はま公にも繩をなわせろ」 省作は自分の分とはま公の分と、十把ばかり藁を湿して朝飯前にそれを打つ。おはまは例の苦のない声で小唄をうたいながら台所の洗い物をしている。姉はこんな日でなくては家の掃除も充分にできないと・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・毛糸なぞも編むことが上手で、青と白とで造った円形の花瓶敷を敷いて、好い香のする薔薇でその食卓の上を飾って見せたものだ。花は何に限らず好きだったが、黄な薔薇は殊におせんが好きな花だった。そして、自分で眼を細くして、その香気を嗅いで見るばかりで・・・ 島崎藤村 「刺繍」
・・・筑摩書房の古田氏から、井伏さんの選集を編むことを頼まれていたからでもあったのだが、しかし、また、このような機会を利用して、私がほとんど二十五年間かわらずに敬愛しつづけて来た井伏鱒二と言う作家の作品全部を、あらためて読み直してみる事も、太宰と・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・小説を編むも同じ事也。浮世の形を写すさえ容易なことではなきものを況てや其の意をや。浮世の形のみを写して其意を写さざるものは下手の作なり。写して意形を全備するものは上手の作なり。意形を全備して活たる如きものは名人の作なり。蓋し意の有無と其発達・・・ 二葉亭四迷 「小説総論」
・・・ 里の方のものなら麻もつくったけれども、小十郎のとこではわずか藤つるで編む入れ物の外に布にするようなものはなんにも出来なかったのだ。小十郎はしばらくたってからまるでしわがれたような声で言ったもんだ。「旦那さん、お願だます。どうが何ぼ・・・ 宮沢賢治 「なめとこ山の熊」
・・・ 日本の或る地方の農民は、極めて手のこんだ背い子を編む。だけれども、それは現在その地方でも実用には使われていないという風なものを蒐集して、仮に客間の壁にかけて置くという趣味が、果して美しさに敏感な心と云えるだろうか。 又、外国の宮殿・・・ 宮本百合子 「生活のなかにある美について」
・・・はこの間に、まだ見たこともない大きな石臼の廻るあいだから、豆が黄色な粉になって噴きこぼれて来るのや、透明な虫が、真白な瓢形の繭をいっぱい藁の枝に産み作ることや、夜になると牛に穿かす草履をせっせと人人が編むことなどを知った。また、藪の中の黄楊・・・ 横光利一 「洋灯」
出典:青空文庫