・・・「もうそろそろ時刻になるな、相手はあんな魔法使だし、御嬢さんはまだ子供だから、余程運が好くないと、――」 遠藤の言葉が終らない内に、もう魔法が始まるのでしょう。今まで明るかった二階の窓は、急にまっ暗になってしまいました。と同時に不思・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
・・・「夏作があんなだに、秋作がこれじゃ困ったもんだ」「不作つづきだからやりきれないよ全く」「そうだ」 ぼそぼそとしたひとりごとのような声だったけれども、それは明らかに彼の注意を引くように目論まれているのだと彼は知った。それらの言・・・ 有島武郎 「親子」
・・・こんな事を済ましたあとでは、あんな所へでも行くのが却って好いのだ。」「ええ。そうですねえ。お気晴らしになるかも知れませんわねえ。」こう云って、奥さんは夫に同意した。そして二人共気鬱が散じたような心持になった。 夫が出てしまうと、奥さ・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・“Je ne permettrais jamais, que ma fille s'adonnt une occupation si cruelle.”「宅の娘なんぞは、どんなことがあっても、あんな無慈悲なことをさせようとは思いませ・・・ 著:アルテンベルクペーター 訳:森鴎外 「釣」
・・・それだといって、家の中へあんなものを連れて這入る訳にいかない事は、お前にだって解ろうじゃありませんか」と母はいった。「可哀そうね」とレリヤは繰り返して居たが、何だか泣きそうな顔になった。 その内別荘へ知らぬ人が来て、荷車の軋る音がした。・・・ 著:アンドレーエフレオニード・ニコラーエヴィチ 訳:森鴎外 「犬」
・・・身体一つならどうでも可いが、机もあるし本もある。あんな荷物をどっさり持って、毎日毎日引越して歩かなくちゃならないとなったら、それこそ苦痛じゃないか。A 飯のたんびに外に出なくちゃならないというのと同じだ。B 飯を食いに行くには荷物は・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・ と、納戸で被布を着て、朱の長煙管を片手に、「新坊、――あんな処に、一人で何をしていた?……小母さんが易を立てて見てあげよう。二階へおいで。」 月、星を左右の幕に、祭壇を背にして、詩経、史記、二十一史、十三経注疏なんど本箱がずら・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・河村さんはあんな結構人ですもの、心配することはないじゃありませんか」「あなたのご承知のとおりで、里へ帰ってもだれとて相談相手になる人はなし、母に話したところで、ただ年寄りに心配させるばかりだし、あなたがおいでになったからこのごろ少し家に・・・ 伊藤左千夫 「紅黄録」
・・・もうまもなく振袖も見っともなくなったのでわきをふさいでからも二三度縁組みして十四の時から嫁に行き初めて二十五まで十八所出て来たり出されたりしたんで段々人が「女にもあんなあばずれ者があるもんですかネー」と云いひろめられたので後では望み手も・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
・・・「おあいにくさま、あんな池はとっくにうまってしまいましたよ」「じゃア、うまった跡にぐらつく安借家が出来た、その二軒目だろう?」「しどいわ、あなたは」と、ぶつ真似をして、「はい、これでもうちへ帰ったら、お嬢さんで通せますよ」「・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
出典:青空文庫