・・・これは十目の見るところ、百聞、万犬の実、その夜も、かれは、きゅっと口一文字かたく結んで、腕組みのまま長考一番、やおら御異見開陳、言われるには、――おまえは、楯に両面あることを忘れてはいけません。金と銀と、二面あります。おまえは、この楯、ゴオ・・・ 太宰治 「創生記」
・・・長女は、かれのぶっとふくれた不機嫌の顔を見かねて、ひとりでは大人になった気でいても、誰も大人と見ぬぞかなしき、という和歌を一首つくって末弟に与えかれの在野遺賢の無聊をなぐさめてやった。顔が熊の子のようで、愛くるしいので、きょうだいたちが、何・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・ 余談はさておき、この書物の一章にアインシュタインの教育に関する意見を紹介論評したものがある。これは多くの人に色々な意味で色々な向きの興味があると思われるから、その中から若干の要点だけをここに紹介したいと思う。アインシュタイン自身の言葉・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・もしかような時にせめて山岡鉄舟がいたならば――鉄舟は忠勇無双の男、陛下が御若い時英気にまかせやたらに臣下を投げ飛ばしたり遊ばすのを憂えて、ある時イヤというほど陛下を投げつけ手剛い意見を申上げたこともあった。もし木戸松菊がいたらば――明治の初・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・これも別に確然たる意見があったわけではない。その頃の書生は新刊の小説や雑誌を購読するほどの小使銭を持っていなかったので、読むに便宜のない娯楽の書物には自然遠ざかっていた。わたくしの家では『時事新報』や『日々新聞』を購読していたが『読売』の如・・・ 永井荷風 「正宗谷崎両氏の批評に答う」
・・・然し彼は何事に就いても少しの意見もなければ自ら差し出てどうということもない。気に入らぬことがあれば独でぶつぶつと怒って居る。そうした時は屹度上脣の右の方がびくびくと釣って恐ろしい相貌になる。彼の怒は蝮蛇の怒と同一状態である。蝮蛇は之を路傍に・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・先生の知っている所はおそらくこの三軒の家と、そこから学校へ通う道路くらいなものだろう。かつて先生に散歩をするかと聞いたら、先生は散歩をするところがないから、しないと答えた。先生の意見によると、町は散歩すべきものでないのである。 こういう・・・ 夏目漱石 「ケーベル先生の告別」
・・・婚姻は人間の大事なれば父母の同意即ち其許なくては叶わず、なれども父母の意見を以て子に強うるは尚お/\叶わぬことなり。父母が何か為めにする所ありて無理に娘を或る男子に嫁せしめんとして、大なる間違を起すは毎度聞くことなり。左れば男女三十年二十五・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・十二日 露都病院にて長谷川辰之助長谷川静子殿長谷川柳子殿 遺族善後策これは遺言ではなけれど余死したる跡にて家族の者差当り自分の処分に迷うべし仍て余の意見を左に記す一 玄太郎せつの両人は・・・ 二葉亭四迷 「遺言状・遺族善後策」
・・・しかし大鷲の意見と僕の意見と往々衝突するから保証は出来ない。 三橋に出ると驚いた。両側の店は檐のある限り提灯を吊して居る。二階三階の内は二階三階の檐も皆長提灯を透間なく掛けて居る。それでまだ物足らぬと見えて屋根の上から三橋の欄干へ綱を引・・・ 正岡子規 「熊手と提灯」
出典:青空文庫