・・・予は突然大笑して其いざこざを消した。そうして話を他へ転じた。お繁さんは本意なさそうにもう帰りましょうと云い出して帰る。予はお繁さんと岡村とあべこべなら面白いがな、惜しい事じゃと考えたのであった。 予は寝られないままに、当時の記憶を一々頭・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・なったが、其の怜悧で、機変を能く伺うところの、冷酷険峻の、飯綱使い魔法使いと恐れられた細川政元が、其の頼み切った家臣の安富元家を此処の南の荘の奉行にしたが、政元の威権と元家の名誉とを以てしても、何様もいざこざが有って治まらなかったのである。・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・はっきりさせて置いたほうが、後でいざこざが起らなくて、お互に気持がいいからね、などと、あなたはお客様におっしゃって居られますが、私はそれを小耳にはさんで、やはり、いやな気が致しました。なんでそんなに、お金にこだわることがあるのでしょう。いい・・・ 太宰治 「きりぎりす」
・・・あとで、いざこざの起らぬよう、それだけを附記する。 かきならす。おとをだに聞かば。このさとに。わがすむことを。きみや知るらむ。 太宰治 「盲人独笑」
・・・両方で折合って、百円で一切いざこざ無しという事にしようじゃないか。」 僕は紙入から折好く持合せていた百円札を出してお民に渡した。別に証文を取るにも及ぶまい。此の事件もこれで落着したものと思っていると、四五日過ぎてお民はまた金をねだりに来・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・ 何かいざこざが起ったりすると、目顔ですがるお君を見向きもしないで、盲滅法に、床屋だの銭湯に飛び込んだ。 そうも出来ない時には、部屋の隅にかたく座って、眼も心もつぶって、木像の様に身動きさえもしなかった。 只、専ら怖れて居ると云・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・わたしたち一人一人が、どんなかのゆきがかりで、何かの不明瞭ないざこざに巻きこまれたとき、「でっちあげるのはわけはない」と検事に云われて、納得していられるだろうか。「でっちあげるのはわけはない」という非人道的な発言が人民の運命に関して権力の使・・・ 宮本百合子 「それに偽りがないならば」
・・・の中であの特徴のある敏感な可愛いナターシャが、当時のロシアの上級階級のいざこざの間に幾つかの恋愛を経験しながら最後はピエールの妻となって、だんだん鈍感になり、ふとり、次から次へと子供を持って歌いもせず考えもしない客間と子供部屋だけの存在とな・・・ 宮本百合子 「人間の結婚」
・・・ 山本氏は、封建的な芝居ものの社会で、作者が従来おかれていた隷属的な地位を引上げなければならないという、或る意味での社会的関心から、誰にしろ厭にきまっているいざこざに堪えて主張を押し通そうとしたのであった。 日本の資本主義の機構の中・・・ 宮本百合子 「山本有三氏の境地」
・・・当時はまだ『道草』も書かれておらず、いわんや夫人の『漱石の思い出』などは想像もできなかったころであるから、漱石と夫人との間のいざこざなどは、全然念頭になかった。『吾輩は猫である』のなかに描かれている苦沙弥先生夫妻の間柄は、決して陰惨な印象を・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
出典:青空文庫