・・・首尾一貫前後相待って渾然と出来上がっている。なぜかと云うと、篇中に出て来る人間の心状、及び動作がことごとくタイフーンと舟火事なる自然力を離れずに、どこまでも密接な関係をもって展化進行するから、自然と人間が打って一丸となされて、偉大なる自然力・・・ 夏目漱石 「コンラッドの描きたる自然について」
・・・ただしそれは第一巻であった。そうして巻末に明治四十三年五月発行と書いてあるので、余は始めてこの書に対する出版順序に関しての余の誤解を覚った。 先生はわが邦歴史のうちで、葡萄牙人が十六世紀に始めて日本を発見して以来織田、豊臣、徳川三氏を経・・・ 夏目漱石 「マードック先生の『日本歴史』」
・・・ 山椒の皮を春の午の日の暗夜に剥いて土用を二回かけて乾かしうすでよくつく、その目方一貫匁を天気のいい日にもみじの木を焼いてこしらえた木灰七百匁とまぜる、それを袋に入れて水の中へ手でもみ出すことです。 そうすると、魚はみんな毒をのんで・・・ 宮沢賢治 「毒もみのすきな署長さん」
・・・従って、部分部分の雰囲気は画面に濃く、且つ豊富なのであるが、この作の総体を一貫して迫って来る或る後味とでも云うべきものが、案外弱いのは何故だろう。私は、部分部分の描写の熱中が、全巻をひっくるめての総合的な調子の響を区切ってしまっていると感じ・・・ 宮本百合子 「「愛怨峡」における映画的表現の問題」
・・・の夏子の愛くるしさは躍如としているし、その愛らしい妹への野々村の情愛、夏子を愛する村岡の率直な情熱、思い設けない夏子の病死と死の悲しみにたえて行こうとする村岡の心持など、いかにもこの作者らしい一貫性で語られている。 こういう文章のたちと・・・ 宮本百合子 「「愛と死」」
・・・あるときはちりぢりとなって、あるときは獄の内外に、あるときは一つ屋根の下に、それぞれの活動に応じ千変万化の必要な形をとりつつ階級の歴史とともにその幸福の可能性をも増大させつつ進んでゆく一貫性は、もはや単に希望されているところの理想に止っては・・・ 宮本百合子 「新しい一夫一婦」
・・・これまでいい意味での女らしさの範疇からもあふれていた、現実へのつよい倦むことない探求心、そのことから必然されて来る科学的な綜合的な事物の見かたと判断、生活に一定の方向を求めてゆく感情の思意ある一貫性などが、強靭な生活の腱とならなければ、とて・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
・・・ こんにち、いくらかひろげられている発言の範囲で考えると、当時論じられた日本の転向の問題は論法のすべてを一貫して、観念的な傾きがつよく見られる。日本の治安維持法は、マルクシズムを放棄させ、運動から離脱することを要求したばかりでなく、更に・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十巻)」
・・・ ここに集められているすべての文章は、一貫して一つの意志をもっている。それは、わたしたちの貴重な、そして誰にとってもかけがえのない一生を気分や現象で、はぐらかされ、かどわかされてしまわないようにという決心である。歴史の進みゆく本質と自分・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十五巻)」
・・・そういう個々の具体的状態において、一貫性をもっているのである。 民主的な社会生活の確保ということがいわれ、文学の民主性ということが話されるとき、とかく、題材の方へばかり目がくばられる。あるいは、文学をとおして大衆との結合というふうに相対・・・ 宮本百合子 「ある回想から」
出典:青空文庫