・・・じゃない処の日本の娘さんたちの、見事な――一口に云えば、ショウウインドウの内部のような散歩道を、私は一緒になって、悠然と、続きの菜っ葉服を見て貰いたいためででもあるように、頭を上げて、手をポケットで、いや、お恥しい話だ、私はブラブラ歩いて行・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・ああ、いやだいやだ」「またいやだいやだを始めたぜ。あの人も相変らずよく来てるじゃアないか。あんまりわれわれに負けない方だ。迷わせておいて、今さら厭だとも言えまい。うまい言の一語も言ッて、ちッたあ可愛がッてやるのも功徳になるぜ」「止し・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・「いやはや。まるで貧乏神そっくりと云う風をしているなあ。きょうは貰いがなかったのかい。おれだっておめえと同じ事だ。まずい商売だよ。競争者が多過ぎるのだ。お得意の方で、もう追っ附かなくなっている。おれなんぞはいろんな事をやってみた。恥かしくて・・・ 著:ブウテフレデリック 訳:森鴎外 「橋の下」
私の文学上の経歴――なんていっても、別に光彩のあることもないから、話すんなら、寧そ私の昔からの思想の変遷とでもいうことにしよう。いわば、半生の懺悔談だね……いや、この方が罪滅しになって結句いいかも知れん。 そこでと、第・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・死。いや。この世の生活をこの世らしゅう生きて通る事だけは、誰にも授けられているように、其方にも確に授けてあった。其方の心の奥にも、このあらゆる無意味な物事の混沌たる中へ関係の息を吹込む霊魂は据えてあった。この霊魂を寝かして置いて混沌たる・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・梨も同し事で冬の梨は旨いけれど、ひやりと腹に染み込むのがいやだ。しかしながら自分には殆ど嫌いじゃという菓物はない。バナナも旨い。パインアップルも旨い。桑の実も旨い。槙の実も旨い。くうた事のないのは杉の実と万年青の実位である。〔『ホトトギス』・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・「娘ッ子がある、どんな娘ッ子がある」。「ソレ顔の黒い、手足の白い、背中が黒くって腹が白くッて」。「オヤ変な娘ッ子だネ、そうしてその娘ッ子がおとなしくなびいたかい」。「イヤしくじったでがすヨ、尻尾をひッつかまえると驚いて吠えただからネ」。〔月・・・ 正岡子規 「権助の恋」
・・・いじゃないか、つまらないたッて困ったナ それじャこれではどうだ 屁をひってすぼめぬ穴の芒かなサ、少し善ければそれで我慢して置いて安楽に往生するサ 迷わずに往ってくれたまえ、迷ったら帰って来るヨ…………イヤに静かになった。誰やらクシクシ泣いて・・・ 正岡子規 「墓」
・・・「あぶないぞナ。」「なに大丈夫サ、大丈夫天下の志サ。おい車屋、真砂町まで行くのだ。」「お目出とう御座います。先生は御出掛けになりましたか。」「ハイ唯今出た所で、まア御上りなさいまし。」「イヤ今日は急いでいるから上りません。」「あなたもう・・・ 正岡子規 「初夢」
・・・ちょうど小学校の読本の村のことを書いたところのようにじつにうそらしくてわざとらしくていやなところがあるのだ。けれどもぼくのはほんとうだから仕方ない。ぼくらは空想でならどんなことでもすることができる。けれどもほんとうの仕事はみんなこんなにじみ・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
出典:青空文庫