・・・「二三日ならいいけど」「永くたっていいわ、私永いほど結構! ね? 本当に家へいらっしゃいよ、淋しくってまいるんだから」「いやあね、まだ決りゃしないことよ何ぼ何でも――」 笑い話で、その時は帰ったが、陽子は思い切れず、到頭ふき・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・いきなり、直截に、自身の心をむき出して、そんなものはイヤだ、イヤだと絶叫した。 全露農民作家団は、革命第十年目のソヴェト同盟に生活して、エセーニンがあったほど、そのように素朴ではない。 党は彼等を支持しているけれども、それは農民のう・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・ 太郎はこの頃ハッパ、アーチャン。イヤダイヤダ。その他喋り、こちらの云うことはもう物語がわかります。家はこの頃病人続出でね、スエ子は大腸カタルがひどくなりかけて目下慶応入院中です。然しずっと経過はよくて、発病後一週間ばかりですが、却って・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ イヤハート夫人の「最後の飛行」を読むと、或る年の誕生日のお祝いに彼女のお母さんが一台の中古の飛行機をくれたことから、彼女の婦人飛行家としての出発が始まったことが語られていて、そういう日常の感情をこしらえた条件としてアメリカにフォードが・・・ 宮本百合子 「この初冬」
・・・という一言を、身を割くように思いながら与えたのは、勢いやむことを得なかったのである。 自分の親しく使っていた彼らが、命を惜しまぬものであるとは、忠利は信じている。したがって殉死を苦痛とせぬことも知っている。これに反してもし自分が殉死を許・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・「いや。もうこのくらいで御免を蒙りましょう。」わざと丁寧にこう云って、相手は溝端からちょっと高い街道にあがった。「そんな法はねえ。そりゃあ卑怯だ。おれはまるで馬鹿にされたようなものだ。銭は手めえが皆取ってしまったじゃないか。もっとや・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・太う武芸に長けておじゃるから思いやるも女々しけれど……心にかかるは先ほどの人々の浮評よ。狭い胸には持ちかねて母上に言い出づれば、あれほどに心強うおじゃるよ。看経も時によるわ、この分きがたい最中に、何事ぞ、心のどけく。そもこの身の夫のみのお身・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・ しかし、幸いなことには私は、作品の上で成功しようと思う野望は他人よりは少い。いやむしろ、そんなものは希としては持っているだけで、成功などということはあろうとは思えないのである。これは前にも書いたことで今始めて書くことではないが、作品の・・・ 横光利一 「作家の生活」
・・・ たとえば私は affectation のいやなことを昔から感じている。その点では自他の作物に対してかなり神経質であった。特に自分の行為や感情についてはその警戒を怠らないつもりであった。しかるにある日突然私は眼が開いた気持ちになる。そし・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
一 講和近づけりという噂がある。しかし戦争はまだやむまい。ばかばかしい話だが、英独両国で面目をつぶすのをイヤがっている間は、とうてい仲なおりはできぬ。 戦争はまだ幾年も続くだろう。そうして結局、各国ともに、社会的不安と政治的・・・ 和辻哲郎 「世界の変革と芸術」
出典:青空文庫