・・・左は角筈の工場の幾棟、細い煙筒からはもう労働に取りかかった朝の煙がくろく低く靡いている。晴れた空には林を越して電信柱が頭だけ見える。 男はてくてくと歩いていく。 田畝を越すと、二間幅の石ころ道、柴垣、樫垣、要垣、その絶え間絶え間にガ・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・のを直径約一センチメートル長さ約二十センチメートルの円筒形に丸めたものを左の手の指先でつまんで持っている。その先端の綿の繊維を少しばかり引き出してそれを糸車の紡錘の針の先端に巻きつけておいて、右手で車の取っ手を適当な速度で回すと、つむの針が・・・ 寺田寅彦 「糸車」
・・・この場合には土器を漏れる水の代りにフィルムを巻いた回転円筒が使われ、棒に刻んだ線を人間が眼で見て烽火を挙げる代りに真空光電管の眼で見た相図を電流で送るのである。 自働電話の送信器の数字盤が廻るときのカチカチ鳴る音と自働連続機のピカピカと・・・ 寺田寅彦 「変った話」
・・・次には、この土塊の円筒の頂上へ握りこぶしをぐうっと押し込むと、筒の頭が開いて内にはがらんとした空洞ができ、そうしてそれが次第に内部へ広がると同時に、胴体の側面が静かにふくれ出してどうやら壺らしいものの形が展開されて行くのである。それから壺の・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・深さ一メートルの四角なコンクリートの柱の頂上のまん中に径一寸ぐらいの金属の鋲を埋め込んで、そのだいじな頭が摩滅したりつぶれたりしないように保護するために金属の円筒でその周囲を囲んである。その中に雨水がたまっていた。自分はその水中に右の人差し・・・ 寺田寅彦 「小浅間」
・・・ それが、昭和八年の夜店に現われたところを見ると、昔の紙の障子はセルロイドの円筒形スクリーンに変わっている。売り手のよごれた苦いじいさんは、洋服姿のモダンボーイに変わっている。しかし団扇の使い方に見られたあの入神の妙技はもう見られない。・・・ 寺田寅彦 「錯覚数題」
・・・ 船首から船長の三分の一くらいのところに当って、横に張り渡した横木に大小四本の円筒が並べて垂直に固定してある。筒の外側はアルミニウムペイントで御化粧をしてあるが、金属製だかどうだか見ただけでは分らない。昔は花火の筒と云えば、木筒に竹のた・・・ 寺田寅彦 「雑記(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・底に当たる節の隔壁に錐で小さな穴を明けておいて開いた口を吸うと羊羹の棒がなめらかに抜け出して来る、それを短く歯でかみ切って食う、残りの円筒形の羊羹はちょっと吹くとまた竹筒の底に落ち着くのである。また吸い出しては食い切る。きたないと言えばきた・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ エジソンの最初の蓄音機は、音のために生じた膜の振動を、円筒の上にらせん形に刻んだみぞに張り渡した錫箔の上に印するもので、今から見ればきわめて不完全なものであった。ある母音や子音は明瞭に出ても、たとえばSの音などはどうしても再現ができな・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
・・・ 恒川氏の風景画には、ちょっと南画のような味がある。しかしこういう絵もこのままではすぐ行き詰りになりやすい。 円筒形の上の断面を楕円形に表わして、底面の方は直線でかいてしまう事が流行するようである。こういう流行は永くはつづくまい。・・・ 寺田寅彦 「二科会展覧会雑感」
出典:青空文庫